埼玉県リーグ、関東リーグ時代
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/02/14 08:19 UTC 版)
「NTT関東サッカー部」の記事における「埼玉県リーグ、関東リーグ時代」の解説
1968年9月に日本電信電話公社の埼玉管内にて電電埼玉蹴球連盟に加盟する9チームによるリーグ戦が行われ、その参加チームから選手を選び1969年1月に電電埼玉サッカーチームが結成された。さらにそのチームに関東管内の選手を加える形で電電関東サッカー部が結成された。 電電関東サッカー部は1970年に埼玉県サッカー協会に登録し、1971年より新たに始まった埼玉県サッカーリーグに参加した。1973年の関東社会人サッカー大会で準優勝し、その後の関東社会人リーグ7位のFC青山との入れ替え戦に勝利して、1974年より関東リーグに昇格した。1975年の関東リーグでは8位に沈み、入れ替え戦にも敗れ、埼玉県リーグに降格。1979年の関東社会人サッカー大会で優勝して、関東リーグに復帰。1982年、1983年と2年連続で関東リーグで2位となり、日本サッカーリーグ2部(JSL2部)への昇格が懸かった全国地域リーグ決勝大会に進出したが、両年とも敗退。 1985年、電電公社が民営化により日本電信電話株式会社(NTT)となったことに伴い、NTT関東サッカー部へと改名。1986年、関東リーグ2位となって地域リーグ決勝大会に進出、予選、決勝の計5試合すべてに勝利してJSL2部に初昇格を決めた。
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