吉井茂則
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吉井 茂則(よしい しげのり、1857年9月21日(安政4年8月4日[1]) - 1930年(昭和5年)10月20日[2])は、明治時代の建築家。逓信官僚。明治期の帝国仮議事堂の設計者として知られる[3]。
- ^ 官吏進退・明治二十五年官吏進退二十四・叙勲一「内務技師吉井茂則叙勲ノ件」[1]。『人事興信録 初版』p431頁で安政8年8月4日生となっているのは誤りであろう。
- ^ 「建築雑誌」540号、本会記事。
- ^ 鈴木博之『日本の地霊(ゲニウス・ロキ)』(角川書店)。帝国議会仮議事堂の再建を60日で達成した実績で名を馳せる。
- ^ 『人事興信録 初版』p431[2]。
- ^ 「建築局・陸軍二等技手吉井茂則建築局技師ニ転任ノ件」[3]、「内務技師吉井茂則叙勲ノ件」
- ^ 「内務技師吉井茂則叙勲ノ件」
- ^ 『日本の建築 明治大正昭和10』三橋四郎年譜。
- ^ 叙位裁可書・大正三年・叙位巻二十一[4]
- ^ 郵政建築における発注者の役割の変化に関する研究 博士論文 齋藤, 隆司 (京都大学 (Kyoto University), 2017年3月
- ^ 『官報』第4326号「叙任及辞令」1897年12月1日。
- ^ 『官報』第7678号「敍任及辞令」1909年2月2日。
- ^ 『官報』第667号「叙任及辞令」1914年10月21日。
- ^ 土木学会資料より[5]
- ^ 「古典系の貌」新建築(1976年6月号)西洋館を訪ねて
- ^ [6] (PDF) 第五回建築ツアー@京都三条
- ^ 木造ハーフティンバー付建屋をわずか40日の突貫工事で明治41年に竣工高架鉄道と東京駅[上] 著者: 小野田滋。
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