受動文と逆受動文
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/04/13 04:05 UTC 版)
上で見たように,意味役割と独立した焦点化というプロセスを考慮に入れない限りは,言語の統語構造は記述できない。そしてそれを示す好例が,受動化のプロセスである。受動化は概略,トラジェクターとして標示していた動作主を非焦点化(defocusing)して,ランドマークとして捉えていた被動作主をトラジェクターに格上げし,単一の焦点として捉え直すことと言える。例えば英語ではThe vase was broken (by Tom).においてはもともと二次的な際だちとして捉えられていたthe vaseを一次的な際だちを持つトラジェクターに格上げし,一次的な際だちをもった動作主Tomを非焦点化することで,プロファイルもされない状態か,byという前置詞をつけて迂言的に表現することとなる。 これは対格言語にしか見られない特徴であることが分かる。なぜならもともと動作主をトラジェクターとして標示していることが条件となるからである。では,もともとトラジェクターを被動作主に付与している対格言語ではどうなるのだろうか。 その種の言語では,「逆受動(anti-passive)」という現象が起こる。これはもともともっとも焦点化を当てていた,つまりトラジェクターとして標示していた被動作主から,焦点化を取り除き,代わりに二次的な焦点を当てていた動作主を単独の焦点化の対象として捉え直すという現象である。よって意味的には「その女性に関しては,その肉をば食べた」=>「肉に関しては,その女性が食べたのだ」などというニュアンスに変化する。(言語データに関しては ibid.: 384参照) またこのような焦点化の差異を説明の道具立てに使うことによって,タガログ語をはじめとしたオーストロネシアン諸語に見られる「動作主フォーカス」「被動作主フォーカス」「場所フォーカス」「受益者フォーカス」の説明も可能になる。これらを示す標識はトラジェクターをどこに置くかの違いであり,そのシステムが発達したものであると考えられる。
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