南軍にとってのセルマの重要さ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/03/27 23:46 UTC 版)
「セルマ (アラバマ州)」の記事における「南軍にとってのセルマの重要さ」の解説
南北戦争のとき、セルマは南部の軍需品産業の中心であり、莫大な物資や弾薬を製造し、装甲艦CSSテネシーまで建造した。セルマの鉄工所と製鉄所は、バージニア州リッチモンドのトレデガー鉄工所に次いで、南部では2番目の武器生産拠点と見なされていた。このように生産能力が集中する戦略的な位置づけにあったので、南北戦争の後半では北軍によるアラバマ州襲撃の標的になった。 南部におけるセルマの能力と重要性は北部でも知られていたので、北軍当局が見逃すはずも無かった。その重要性が増すにつれて、北軍はセルマを占領し支配することが重要と考えるに至った。最初はウィリアム・シャーマン将軍がセルマまで進軍しようとしたが、セルマから107マイル (172 km) のメリディアンまで進んだ後、ミシシッピ川まで撤退した。ベンジャミン・グリアソン将軍はメンフィスから騎兵隊を率いて侵攻したが、妨害されて後退した。ルソー将軍はセルマの方向に猛進したが、案内人に方向を誤まらされ、モンゴメリー市の東40マイル (64 km) で鉄道を攻撃した。
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