伴俊男 (漫画家)とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 伴俊男 (漫画家)の意味・解説 

伴俊男 (漫画家)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/21 13:41 UTC 版)

伴 俊男(ばん としお、1953年 - )は、京都府京都市出身の漫画家[1]

人物・来歴

1974年、小室孝太郎の推薦で手塚プロダクションに入社し、手塚治虫アシスタントとなる[2]。2年後にいったん退社するが[2][1]、1979年に契約社員として復帰[1]。雑誌漫画の制作現場のサブ・チーフとして、手塚が死去するまでアシスタントをつとめる[3][1]。アシスタントとして製作に関与した作品に、『ブラック・ジャック』『三つ目がとおる』『ユニコ』『シュマリ』『陽だまりの樹』『アドルフに告ぐ』『火の鳥』(乱世編、異形編、太陽編)などがある[1]。手塚は自分のアシスタントに対し、早期に漫画家として独立し退職することを推奨していたが、その中にあっては異例の長期にわたる在籍者であった[1]。このため、死の一か月前、入院中だった手塚からの電話で「まだ手塚プロにいたのか!? いったい何年いるんだ!? 自分のマンガはどうした!!」と叱責されたこともあったという[2]

代表作は、『アサヒグラフ』(朝日新聞社)に連載された手塚の伝記漫画『手塚治虫物語英語版』(1989年8月25日号から1991年7月26日号まで連載、1992年刊)。1992年5月に手塚プロダクション漫画部が解散した際の、最後の社員となった[2]

漫画賞受賞歴

  • 1972年第4回手塚賞佳作(時男の時間旅行)
  • 1973年第5回手塚賞佳作(残りの一匹)
  • 1976年第11回手塚賞佳作(予想屋勘太郎)

作品リスト

脚注

  1. ^ a b c d e f 田浦紀子; 髙坂史章 編『親友が語る手塚治虫の少年時代』和泉書院、2017年4月7日、162頁。ISBN 978-4-7576-0833-7 
  2. ^ a b c d 宮﨑克; 吉本浩二ブラック・ジャック創作秘話〜手塚治虫の仕事場から〜』 5巻、秋田書店、2014年8月15日。ISBN 978-4-253-13244-2 
  3. ^ 伴俊男; 手塚プロダクション『手塚治虫物語 オサムシ登場 1928〜1959』朝日新聞社朝日文庫〉、1994年11月1日、著者紹介頁。ISBN 4-02-261054-9 



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「伴俊男 (漫画家)」の関連用語

伴俊男 (漫画家)のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



伴俊男 (漫画家)のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの伴俊男 (漫画家) (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS