他の分科の始まり
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/12 02:07 UTC 版)
アルフレッド・タルスキはモデル理論の基礎を発展させた。 1935年初頭、著名な数学者らは網羅的な数学の教科書のシリーズを出版するためにニコラ・ブルバキというペンネームで集結した。これらの教科書は禁欲的かつ公理的に記述されており、厳格な記述と集合論的な基礎を強調した。これらの教科書から生まれた用語、例えば全単射、単射、全射や、教科書で採用された集合論的な基礎は、広く数学に採用された。 計算可能性の研究は再帰理論として知られるようになった。これはゲーデルとクリーネによる計算可能性の初期の定式化が関数の再帰的定義に基づいていたことによる。 それらの定義がチューリングによるチューリング機械を用いた定式化と同値であることが示されたことで、計算可能関数という新しい概念が見出され、またこの定義が多数の独立な特徴付けを許すようなロバスト性を持つことが明らかになった。1931年の不完全性定理に関するゲーデルの仕事において、彼は実効的な形式的体系の厳格な概念(規定)を欠いていた。彼は計算可能性の新しい定義が不完全性定理の設定の一般化に使えることに気付いた。 再帰理論における多くの結果は1940年代にスティーヴン・コール・クリーネとエミール・ポストによって得られた。クリーネ(1943)は相対的計算可能性と算術的階層の概念を導入した。前者はチューリング(1939)で暗示されていたものである。クリーネは後に再帰理論を高階汎関数へ一般化した。クリーネとクライゼルは形式的な直観主義数学、とくに再帰理論の文脈でのそれを研究した。
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