人種問題への対処
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/11 23:40 UTC 版)
「ロバート・ケネディ」の記事における「人種問題への対処」の解説
ロバートは当時アメリカで大きな問題となりつつあった人種問題にも積極的に関与した。1950年代から1960年代にかけては公民権運動が最高潮に達していたが、それに対抗する勢力も拡大しつつあった。その1つにジョージ・リンカーン・ロックウェルの率いるアメリカ・ナチ党があった。ロバートはロックウェルを陰謀罪で逮捕・起訴したが有罪判決には至らず失敗した。 1962年9月、黒人学生のジェームズ・メレディスがミシシッピ大学に人種を理由に入学拒否される、いわゆるメレディス事件とミシシッピ大学(Ole Miss)暴動(1962年)が起きたとき、ロバートはミシシッピ州知事のロス・バーネットや大学当局者の説得に当たった。また、1963年にアラバマ大学への二人の黒人学生の入学をめぐる問題では、アラバマ州知事のジョージ・ウォレスに対し、2人の入学を妨害しないよう電話で説得した。このときのやり取りはテレビでも放送されたが、あくまでも黒人学生の入学を阻止しようとするウォレスに対し、「それでもあなたはアメリカの市民か!」と怒鳴りつけた。
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