五ヶ瀬町の電波事情
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/05 04:30 UTC 版)
五ヶ瀬町は宮崎県内で最初にテレビ放送が視聴できた地域であり、宮崎県庁から最も離れた「辺境の地」でありながら、テレビ環境においてはもっとも恵まれた地域である。 1958年にNHK熊本放送局が熊本市の金峰山からテレビ放送を開始したときから、受信状況は決して良好とはいえない状態でありながらも、五ヶ瀬町内では金峰山からの電波が受信されていた。1960年代にNHK熊本放送局は鏡山に蘇陽中継局を設置し、五ヶ瀬町の一部地域でもテレビ電波を良好に受信できるようになった。熊本県の放送局のみ視聴できた時代の逸話として「熊本県知事の名前は知っていても、宮崎県知事の名前は知らない」「熊本県知事の顔はいつも見ているが、宮崎県知事の顔は見たことがない」というものが残されている。 NHK宮崎放送局が鏡山と桝形山(ますかたやま)に五ヶ瀬中継局・北五ヶ瀬中継局を設置したのは1967年11月であったが、難視聴地域も多く残されており、これらの地域では1970年代にかけて共同受信設備が設置された。民間放送局(MRT宮崎放送・UMKテレビ宮崎)が五ヶ瀬・北五ヶ瀬中継局を設置したのは1979年初頭のことであり、「熊本県の民間放送局しか視聴できない」期間が10年以上続いていた。 地上デジタルテレビ放送の中継局は2008年7月から11月にかけて「北五ヶ瀬→蘇陽→五ヶ瀬」の順で設置された。
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