レジャー施設の変化
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/26 00:11 UTC 版)
また遊園地を運営していた広電楽々園も事業を継続し、楽々園駅の「レストラン楽々園」、および「パラダイスプール」が継続営業した。「パラダイスプール」は1972年(昭和47年)7月に幼児用プールを新設するなど改装した。プールの晩年は、レジャーの多様化による客の伸び悩みと、オフシーズンの敷地の有効活用が困難だったことで、商業施設への集客効果を期待しての営業だった。 新規施設も整備され、1972年(昭和47年)4月29日に飲食店「和食レストラン楽良久」、1972年(昭和47年)5月10日にはボウリング場「広電楽々園ボウル」が新たに開場。その他、ビリアード場が整備された。 1973年(昭和48年)にはRCC興発により、日本初登場となるパターゴルフ場「楽々園パットパットゴルフ」が開園し、人気施設になった。 また、「ひろでん楽々園ショッピングタウン」の屋上には観覧車などがある、ミニ遊園地が整備されていた。 1991年(平成3年)12月31日の広電ストア合併まで、会社としての広電楽々園は継続。「和食レストラン楽良久」および「楽々園パットパットゴルフ」については、広電ストア移行後もしばらくは営業を継続し、「楽々園パットパットゴルフ」は1998年(平成10年)3月の廃止まで営業した。 楽々園のプラネタリウムの館長だった佐藤健さんは、1980年(昭和55年)の広島市こども文化科学館開館時に転籍し、プラネタリウムの室長になっている。
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