モースには酷評だった竜吐水
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/01/16 06:32 UTC 版)
「竜吐水」の記事における「モースには酷評だった竜吐水」の解説
モースの日記によれば、1877年(明治10年)7月15日条、東京において火事があった為、急いで見に行った時、使用されている風景を観たことが記述されており、日記には竜吐水による消火活動の様子が絵として描かれている。日本の諸文化に対し、高評価を与え、時間をかけて理解を深めようとする態度が度々日記に書かれているモースだが、火消しに関しては辛口な記述が残されている。まず、「最もバカげた稚拙な道具」で始まり、「放水の太さは鉛筆程度で我が国の手動ポンプにおけるような空気筒がないので、少しずつこま切れにシュシュと出るだけ」と記し、さらに、「何週間も日に当たっていた為か、乾燥し、ひび割れた隙間から空中に噴出するはめになっていた」と数々の欠陥について記し、数台の内、まともに最後まで機能したのは1、2台程度、誰かが押さえていないと酷く揺れること(小さいにもかかわらず数人で運用)、漏れ出す為に火消しがずぶ濡れになってしまっているなど、さんざんな評価を与えており、火消しの勇敢さは我が国の消防士にも劣らないが、それ以外は我が国の青年でもできる程度だと書き残している。
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