プローラの計画
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/01/31 14:50 UTC 版)
プローラは労働者のリゾートとして計画され、ドイツの全ての労働者が浜辺で休暇を楽しめるようにするために2万人もの保養客を収容する宿泊棟が設計された。設計者はクレメンス・クロッツ(英語版)(Clemens Klotz、1886年-1969年)で、全ての部屋がバルト海に面している。後の計画では、二つの造波プール・劇場・映画館と2万人の宿泊客全員分の座席があるフェスティバル・ホールも予定された。大型客船のための埠頭も同時に予定されている。1937年のパリ万国博覧会では、このプローラの保養所計画は建築部門のグランプリを受賞している。 歓喜力行団は国民の福祉を増進し、中産階級向けのレジャーを広く一般大衆に開放して、階級間の橋渡しをしようという意図があった。この方針に則り、全長数kmにおよぶプローラの宿泊棟はほぼ均等な外観をしており、全ての部屋が同じ設計であった。各部屋は奥行き5m、幅2.5mで、ベッド2つとワードローブ1つと流しを備えていた。共同トイレと共同シャワーは階下にあった。
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