フォアシュルツェ館
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/09 00:26 UTC 版)
「ハム (ヴェストファーレン)」の記事における「フォアシュルツェ館」の解説
ジュート通り8番地のフォアシュルツェ館は、シュトゥーニケン=ハウスよりもわずかに早く建設された。この寄棟造り3階建てで付け柱を持つ宮殿風の建物は、市長ゴットフリート・バルタザール・ラーデマッハーとその妻エーファ・カタリーナ(旧姓: レトベルク)によって建てられた。レトベルク家は、壊滅的な火災の3年後にあたる1744年に、2軒の古い家を新しく建設した。この建物は1986年から保護文化財に指定されている。メインのファサードはジュート通りに向いており、4本の付柱で構成されている。その柱頭は上階の窓部分にある。錬鉄製の階段の手すり(1744年に取り付けられた)には、施主のイニシャル GBR(ゴットフリート・バルタザール・ラーデマッハー)とECR(エーファ・カタリーナ・レートベルク)が刻まれている。建設主の死後、娘のマリアンネとその夫のエルンスト・フォン・ロムベルク中佐がこの建物を相続した。1805年にもロムベルク家の未亡人がここに住んでいた。19世紀前半には、司法長官アウグスト・オーヴァーベックがこの館を所有していた。それに引き続いて、ハム上級地方裁判所の所長ヴィルヘルム・ヨハン・ハインリヒ・レント(1798年 - 1868年)がこの建物に住んだ。穀物商人フランツ・クラフェッケはこの建物を時折支店として利用し、その目的のために広いスペースを改造した。彼の娘アントーニア・クラフェッケは1870年に穀物商人クリスティアン・ハインリヒ・フォアシュルツェと結婚した。現在のこの館の名称はこの婚家に由来する。1976年までフォアシュルツェ家がこの建物を所有し、その後ハム市に売却した。この建物は1980年/81年に徹底的に改修され、創建当時のオリジナルの姿に戻された。フォアシュルツェ館には現在、ハム市の戸籍役場が入居している。 フォアシュルツェ館の南に隣接するレストラン「ゾフラ」の建物は、ベルンハルト・ハインリヒ・レディッカーの未亡人がヘッセルマンの遺産によって購入した隣の土地も合わせて、1746年に建てさせたものである。ジュート通り10番地のこの建物は、1989年から保護文化財に指定されている。
※この「フォアシュルツェ館」の解説は、「ハム (ヴェストファーレン)」の解説の一部です。
「フォアシュルツェ館」を含む「ハム (ヴェストファーレン)」の記事については、「ハム (ヴェストファーレン)」の概要を参照ください。
- フォアシュルツェ館のページへのリンク