パンク・カルチャー
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/26 15:59 UTC 版)
「マルコム・マクラーレン」の記事における「パンク・カルチャー」の解説
1971年にヴィヴィアン・ウエストウッドとともに、フィフティーズ調ファッションのブティック「Let It Rock」を開店した。マルコムとヴィヴィアンとの間にジョセフが生まれている。 1974年に渡米した際にニューヨーク・ドールズを気に入り、マネージャーを務めるが、まもなくバンドは解散してしまう。しかしマクラーレンはこの時にニューヨークのアンダーグラウンドで勃興していたニューヨーク・パンクに強い影響を受ける。 帰英後、マクラーレンは「Let It Rock」の店名を「SEX」と変えてボンデージファッションを売り始め、さらにこの頃に関わっていたストランドというバンドをパンクのスタイルで売り出そうと考えた。バンドは新たにジョニー・ロットンらを加えてセックス・ピストルズと改名する。 セックス・ピストルズは1976年にEMIと契約し、デビュー。商業的、音楽的に肥大化した既存のロックへのアンチテーゼ、過激で反社会的なイメージ戦略で大成功を収める。これを機にパンク・ファッション、パンク・ロックはイギリスの若者に一大ブームを巻き起こした。 デビュー前のアダム&ジ・アンツのマネージメントも手がけ、バンドメンバーを引き抜いてバウ・ワウ・ワウを結成し、派手なファッション戦略を手がけた。
※この「パンク・カルチャー」の解説は、「マルコム・マクラーレン」の解説の一部です。
「パンク・カルチャー」を含む「マルコム・マクラーレン」の記事については、「マルコム・マクラーレン」の概要を参照ください。
- パンク・カルチャーのページへのリンク