ハツピーマイトとは? わかりやすく解説

ハツピーマイト

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/11/27 15:25 UTC 版)

ハツピーマイト
帝室御賞典優勝時(1937年12月3日)
品種 サラブレッド
性別
毛色 栗毛
生誕 1934年2月26日
死没 1955年
トウルヌソル
賢藤
母の父 チャペルブラムプトン
生国 日本千葉県成田市
生産者 下総御料牧場
馬主 竹中久蔵
調教師 秋山辰治(中山
競走成績
生涯成績 26戦9勝
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ハツピーマイトとは日本競走馬で、天皇賞の初代勝ち馬である。同期には牝馬初のダービー馬となったヒサトモがいる。

馬齢は当時の基準(数え年)にて表記する。

概要

1937年3月27日にデビューした。4戦2勝2着2回という成績で同年4月29日東京優駿大競走(現在の東京優駿)に臨み、2番人気に推されたが、レース中にハミ(もしくは腹帯、資料によって記述が異なる)が外れて12着に終わった。しかし同年12月3日、第1回帝室御賞典(秋)(現在の天皇賞・秋)を逃げ切って優勝した。騎乗していたのは新井朋次郎であった。

1938年に京都農林省賞典四歳呼馬(現在の菊花賞)が創設されたこととの兼ね合いで、1938年から帝室御賞典の出走資格は5歳以上に変更された。これは1987年に出走資格が4歳以上へと戻されるまで続き、1937年のハツピーマイト以降、4歳で秋の天皇賞を制する馬は1996年バブルガムフェローまでは現れなかった。

その後はやや不振で、重賞では中山記念3着、目黒記念5着にとどまった。

5歳で現役を引退して種牡馬となった。栃木で供用されたのちに北海道十勝に移動された。産駒にこれといった馬は出ていない。

全妹クリフジは変則のクラシック三冠を達成し、歴史的名馬となった。その他の兄弟姉妹もすべて父はトウルヌソルである。

血統表

ハツピーマイト血統ゲインズバラ系)/4代内アウトブリード (血統表の出典)

*トウルヌソル
Tournesol
1922 鹿毛
父の父
Gainsborough
1915 鹿毛
Bayardo Bay Ronald
Galicia
Rosedrop St.Frusquin
Rosaline
父の母
Soliste
1910
Prince William Bill of Portland
La Vierge
Sees Chesterfield
La Goulue

賢藤
1926 栗毛
*チヤペルブラムプトン
Chapel Brampton
1912 栗毛
Beppo Marco
Pitti
Mesquite Sainfoin
St.Silave
母の母
種光
1919 栗毛
*ラシカッター
Rushcutter
Persimmon
Curtstone
第二アストニシメント *インタグリオー
*アストニシメント F-No.7-c

脚注

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