ニュージーランド 1989年-
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「教育バウチャー」の記事における「ニュージーランド 1989年-」の解説
ニュージーランドでは、1989年の大規模な教育自由化政策のもと、学校の自主性の拡大、通学区域の廃止などが実施された。当初は子どもの地域公立校への入学が保証されていたが、1991年からそれも撤廃され、半官半民の学校を含むすべての学校では校長の裁量で面接や地理条件などの基準にしたがった生徒の選別が許されるようになった。 しかし、学校の定員や教師の給与体系などは中央で厳しくコントロールされ続けた。教育内容も自由度は高まったものの指導要領の概略は残された。学校は無料であるが、強制的でなければ寄付をつのることができる。フィスケ・ラッドの一連の研究によると、いったん「よい」という評判のたった学校にはますます生徒が集まり、学校が生徒を自由に選抜した結果、特に裕福な白人が一層集中するようになったという。その結果、各学校の在籍生徒の平均的な家庭環境の格差は広がった。
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