ドゥリンの禍とは? わかりやすく解説

ドゥリンの禍

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/06/29 15:53 UTC 版)

マイアール」の記事における「ドゥリンの禍」の解説

第三紀目覚めてモリア荒廃させたバルログ詳細は「バルログ」を参照

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「ドゥリンの禍」を含む「マイアール」の記事については、「マイアール」の概要を参照ください。


ドゥリンの禍

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/24 21:57 UTC 版)

バルログ」の記事における「ドゥリンの禍」の解説

ドゥリンの禍(わざわい) (Durin's Bane) とは、第三紀に、モリア荒廃させ、支配したバルログである。「怒りの戦い」の生き残り地下数千年にもわたる悠久眠りについていたと思われるミスリル求めてモリア坑道ドワーフあまりにも貪欲に深く掘り進んだため、ドゥリン6世の治世坑道奥深く眠っていたバルログの一体を目覚めさせてしまった。ドゥリン6世とその子ナイン殺されモリア荒廃してドワーフモリアから逃げ去ったこのため、このバルログは「ドゥリンの禍」と呼ばれている。ナイン息子スライン一世は、はなれ山エレボールを開拓し、山の下の王となった。後に、アザヌルビザールの合戦ドワーフ勝利したときも、ドゥリンの禍はモリア中に居てドワーフモリア回復することはできなかった。 指輪戦争において、指輪の仲間モリア西から東へ抜けようとした際、ドゥリンの禍とオークトロル集団一行襲撃した。このバルログは、大剣炎の鞭振るって魔法使いガンダルフ闘った両者ともにから深淵落下したときは、つかって火は消えてしまったが力は衰えず締め付け攻撃切り替えてなおも戦闘続行した。複雑で広大なモリア構造をすべて把握しており、撤退時には坑道最下層から山頂空いた窓までを駆け抜けた。このとき、太古の存在「名前も持たぬ者たち」らの一派残した古いトンネル群をもバルログ熟知しており、これらを使って坑から脱出したが、敵を追っていたガンダルフもその恩恵脱出することが叶った最期は銀枝山山頂ガンダルフ相打ちとなって共に滅んだ

※この「ドゥリンの禍」の解説は、「バルログ」の解説の一部です。
「ドゥリンの禍」を含む「バルログ」の記事については、「バルログ」の概要を参照ください。

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