ディズニーとオズの歴史
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/08 22:02 UTC 版)
「オズ はじまりの戦い」の記事における「ディズニーとオズの歴史」の解説
1937年に『白雪姫』が成功すると、ウォルト・ディズニーはL・フランク・ボームの児童小説『オズの魔法使い』の第1巻をアニメ映画化する計画を立てた。だがウォルト・ディズニー・スタジオ会長のロイ・O・ディズニーは、映画化権はサミュエル・ゴールドウィンへ売却済みであることを知り、そして彼も1938年にルイス・B・メイヤーへ転売した。そのプロジェクトはメトロ・ゴールドウィン・メイヤーの下で進み、1938年にジュディ・ガーランド、レイ・ボルジャー、バート・ラー、ジャック・ヘイリー、マーガレット・ハミルトン、ビリー・バークが出演して『オズの魔法使』が製作され、1939年に公開された。 1954年、ウォルト・ディズニー・プロデクジョンズは残り13巻分の『オズ』の映画化権を獲得すると、テレビ番組『ディズニーランド』で使用し、さらに実写映画『Rainbow Road to Oz』の企画を進めたが、最終的に中止された。1985年、ディズニーは1939年の映画の非公式続編となる映画『オズ』を公開したが商業的にも批評的にも失敗したが、カルト映画として人気を上げている。『オズ』以降ディズニーはオズ・シリーズの映画化権を失い、その後1956年にパブリックドメインとなったことで再び映画化権を得た。
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