スピンドルトップ【Spindletop】
スピンドルトップ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/04/02 06:30 UTC 版)
スピンドルトップ(Spindletop)はアメリカ合衆国テキサス州ボーモント市の南に位置する岩塩ドーム油田。1901年1月10日、スピンドルトップに「ルカス1号油井」が完成、現代の石油産業の誕生の日付けを記した。一日10万バレルの産油量で、夜通し噴出する噴出油井でアメリカ合衆国の石油生産は3倍になり、第二次産業革命の燃料は、木材と石炭から、石油とその副産物に代わることを確実にした。今日よく知られるエクソンモービルやテキサコといった企業がスピンドルトップを開発した。1966年11月13日、アメリカ合衆国の国定登録史跡に指定された。
- 1 スピンドルトップとは
- 2 スピンドルトップの概要
スピンドルトップ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/02 19:34 UTC 版)
「テキサス州の石油ブーム」の記事における「スピンドルトップ」の解説
ボーモントの近くで、岩塩ドームから石油を抽出する試みが失敗した後、グラディスシティ石油・ガス・製造会社と呼ばれた小さな会社に、岩塩ドームの専門家でクロアチア系オーストリア人機械技師のアンソニー・F・ルーカス(英語版)が加わった。ルーカスは、会社の設立者パッティリョ・ヒギンスが産業雑誌や商業雑誌に掲載した広告を見て、この会社に応募した。ルーカスとその仲間はスピンドルトップ丘陵と呼ばれる場所で石油を見つけるために2年間奮闘した後、1901年に石油脈に当たった。この新しい油井からは1日約10万バーレル (16,000 kl) の石油を生産できたが、当時としては前例の無いような量だった。1902年の年間産出量は1,700万バーレル (270万 kl) になった。1900年のテキサス州における石油総生産高が836,000バーレル (13.3万 kl) に過ぎなかった時代だった。供給量が過剰になったために、国内の石油価格は1バーレル (159 リットル)当たり3セントと記録的な安さになり、場所によっては水よりも安価になった。 ボーモントは俄かにブームタウンとなり、州内さらには国内の投機家達が先を争って土地投機に走った。1901年の州内投資額は2億3,500万米ドルに上った(現在価換算で約米ドル)。ペンシルベニア州など他地域での石油投機は直ぐにテキサス州に追い越された。ルーカスが掘り当てた井戸は短命であり、1904年には1日当たり1万バーレル (1,600 kl) にまで落ちた。しかし、この井戸はさらに大きな油田開発の始まりに過ぎなかった。
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