イタリア_VS_ブラジル_(1982_FIFAワールドカップ)とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > イタリア_VS_ブラジル_(1982_FIFAワールドカップ)の意味・解説 

イタリア VS ブラジル (1982 FIFAワールドカップ)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/08/18 12:03 UTC 版)

1982 FIFAワールドカップ グループC
大会名 1982 FIFAワールドカップ
開催日 1982年 7月5日
会場 エスタディ・デ・サリア(バルセロナ)
主審 アブラハム・クレイン (イスラエル)
観客数 44,000

イタリア VS ブラジル(1982 FIFAワールドカップ)は、1982 FIFAワールドカップスペイン大会の2次リーグ最終戦にて行われた試合。グループ内はイタリアブラジルアルゼンチンの3チーム。ブラジルに勝たなければ敗退が決まるイタリアは、パオロ・ロッシハットトリックを決め、イタリアを勝利に導いた。ブラジル国内ではサリアの悲劇とも呼ばれている。この試合はサッカー史上最高の試合の一つとも見なされている。[1][2][3]

試合前の状況

イタリア代表。(後列左から)ゾフ(主将)、アントニョーニシレアグラツィアーニコッロヴァーティジェンティーレ、(前列左から)ロッシコンティカブリーニオリアーリタルデッリ

当時のワールドカップは1次リーグのあと、それぞれの1次リーグを勝ち抜いたチームによって組まれる2次リーグを戦い、準決勝、決勝という方式であった。

ブラジルは、トニーニョ・セレーゾファルカンソクラテスジーコという屈指のタレント軍団、いわゆる黄金のカルテットを擁し、1次リーグを全勝し(ソビエト連邦に2-1、スコットランドに4-1、ニュージーランドに4-0)、2次リーグでは永遠のライバルであるアルゼンチンに3-1と勝利、圧倒的な強さで勝ち進んでいた。

一方のイタリアは、1次リーグ全て引き分け(ポーランドに0-0、ペルーに1-1、カメルーンに1-1)に終わりカメルーンと勝ち点、得失点差と両方で並んでいたが、得点差1でなんとか2位に収まり2次リーグ進出を決めていた。しかし、その2次リーグでは、FW陣の調子が上がらないなかでもアルゼンチンに対しDF陣でなんとか点を取り2-1で勝利するなど意地を見せた。ロッシは2年前に所属していたACペルージャでカルチョスキャンダルに巻き込まれ、2年間の出場停止を受け、サッカー選手として戻ってきたばかりであった。

上記の通り、イタリアはアルゼンチン戦の結果によりブラジルを得失点差で上回る可能性が消滅したため、ブラジルとの最終戦で勝利するしかない状況だった。

試合経過

まとめ

7月5日、バルセロナエスタディ・デ・サリアにて試合が行われた。世間の予想通り、試合はブラジルペースで始まる。イタリアはセンターバックのクラウディオ・ジェンティーレを中心にファルカンソクラテスジーコといった攻撃陣を抑え込んでいた。ジェンティーレはアルゼンチン戦に続きこの試合でもイエローカードを受けてしまい次戦の出場停止を余儀なくされる。

始まりは開始5分。ロッシがアルゼンチン戦で得点を決めたアントニオ・カブリーニからのクロスに反応し、先制に成功する。思わぬ先制点を受けたブラジルだったが7分後にソクラテスのゴールで同点に追いつく。しかし、25分にはまたもロッシがブラジルDF陣のミスを見逃さず得点、再度リードを奪った。スコアは2-1のまま前半を終了した。

後半もブラジルの攻撃が続いたが、68分にセレーゾがイタリアDF3人の気を引き付ける動きを見せた隙にファルカンが豪快なミドルシュートを決め同点とする。この時点で、2度リードして2度追いつかれたイタリアに勝ち越す力があるかどうかが注目された。

イタリアは74分にゴールキーパーディノ・ゾフの早いリスタートからコーナーキックを獲得。ブルーノ・コンティが蹴ったボールをブラジルはうまく対処出来ずこぼれたところをフランチェスコ・グラツィアーニが詰めシュートを放ったが、ロッシがとっさに軌道修正しゴール、ハットトリックを決めまたしても勝ち越しに成功した。86分にはジャンカルロ・アントニョーニが決定的とも言える4点目のゴールを決めたが、不可解なオフサイドで取り消された。

3度目の追いかける展開となったブラジルは猛攻を仕掛け、試合終了間際にはオスカーがフリーキックから頭で合わせ至近距離からシュートを放ったがゾフの神がかり的なセービングに遭い同点とはならず。そのまま試合は終了し、イタリアが3-2でブラジルを下した。

試合結果

1982年 7月5日
17:15 CEST
イタリア  3–2  ブラジル
ロッシ  5分25分74分 Report ソクラテス  12分
ファルカン  68分
エスタディ・デ・サリア, バルセロナ
観客数: 44,000
主審: アブラハム・クレイン (イスラエル)
GK 1 ディノ・ゾフ (c)
DF 4 アントニオ・カブリーニ
DF 5 フルヴィオ・コッロヴァーティ 34分
DF 6 クラウディオ・ジェンティーレ 13分
DF 7 ガエターノ・シレア
MF 9 ジャンカルロ・アントニョーニ
MF 13 ガブリエーレ・オリアーリ 78分
MF 14 マルコ・タルデッリ 75分
MF 16 ブルーノ・コンティ
CF 19 フランチェスコ・グラツィアーニ
CF 20 パオロ・ロッシ
サブ
GK 12 イヴァノ・ボルドン
DF 3 ジュゼッペ・ベルゴミ 34分
MF 11 ジャンピエロ・マリーニ 75分
MF 15 フランコ・カウジオ
FW 18 アレッサンドロ・アルトベッリ
監督
エンツォ・ベアルツォット
GK 1 バウディール・ペレス
RB 2 レアンドロ
CH 3 オスカー
CH 4 ルイジーニョ
CM 5 セレーゾ
LB 6 ジュニオール
CM 8 ソクラテス (c)
SS 10 ジーコ
LM 11 エデル
RM 15 ファルカン
CF 9 セルジーニョ 69分
サブ
GK 12 パウロ・セルジオ
DF 13 エデバルド
DF 14 ジュニーニョ・フォンセカ
MF 7 パウロ・イジドーロ 69分
FW 19 レナト
監督
テレ・サンタナ

副審: Chan Tam Sun (香港) ボグダン・ドチェフ (ブルガリア)

ルール

  • 90分
  • 交代用の選手は5人
  • 交代は2人まで

その後

  • ブラジルをハットトリックで下したロッシの勢いは止まらず、準決勝では1次リーグにてスコアレスドローに終わったポーランド相手に2得点を決め決勝に導き、決勝の西ドイツ戦でも後半に先制点を決め優勝に貢献した。大会通算6得点をあげたロッシは得点王に輝くと共に大会MVPにも選ばれた。
  • 敗れたブラジルではマスコミによってこの出来事をマラカナンの悲劇にちなみ、サリアの悲劇と命名された。
  • ロッシを信じ起用し続けたエンツォ・ベアルツォット監督の勝利でもあった。ベアルツォットは試合前ロッシに対し「オスカールイジーニョにプレッシャーをかけろ。彼らはスピードがないため間違いなくミスを犯すはずだ。」と言った。試合が終わったあと、ロッシはすぐに彼のもとに駆け寄り抱擁を交わしたという。

参考文献

  1. ^ Brazil lost that Italy game in 1982 but won a place in history – Falcão”. The Guardian (30 May 2014). 20 May 2015閲覧。
  2. ^ Italy 3-2 Brazil, 1982: the day naivety, not football itself, died”. The Guardian (25 July 2012). 20 May 2015閲覧。
  3. ^ 1982: Why Brazil V Italy Was One Of Football's Greatest Ever Matches”. Esquire (11 July 2014). 10 February 2018閲覧。

外部リンク


「イタリア VS ブラジル (1982 FIFAワールドカップ)」の例文・使い方・用例・文例

Weblio日本語例文用例辞書はプログラムで機械的に例文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「イタリア_VS_ブラジル_(1982_FIFAワールドカップ)」の関連用語

イタリア_VS_ブラジル_(1982_FIFAワールドカップ)のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



イタリア_VS_ブラジル_(1982_FIFAワールドカップ)のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのイタリア VS ブラジル (1982 FIFAワールドカップ) (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。
Tanaka Corpusのコンテンツは、特に明示されている場合を除いて、次のライセンスに従います:
 Creative Commons Attribution (CC-BY) 2.0 France.
この対訳データはCreative Commons Attribution 3.0 Unportedでライセンスされています。
浜島書店 Catch a Wave
Copyright © 1995-2025 Hamajima Shoten, Publishers. All rights reserved.
株式会社ベネッセコーポレーション株式会社ベネッセコーポレーション
Copyright © Benesse Holdings, Inc. All rights reserved.
研究社研究社
Copyright (c) 1995-2025 Kenkyusha Co., Ltd. All rights reserved.
日本語WordNet日本語WordNet
日本語ワードネット1.1版 (C) 情報通信研究機構, 2009-2010 License All rights reserved.
WordNet 3.0 Copyright 2006 by Princeton University. All rights reserved. License
日外アソシエーツ株式会社日外アソシエーツ株式会社
Copyright (C) 1994- Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
「斎藤和英大辞典」斎藤秀三郎著、日外アソシエーツ辞書編集部編
EDRDGEDRDG
This page uses the JMdict dictionary files. These files are the property of the Electronic Dictionary Research and Development Group, and are used in conformance with the Group's licence.

©2025 GRAS Group, Inc.RSS