『ロード・オブ・ザ・リング』以前
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/01 18:20 UTC 版)
「ヴィゴ・モーテンセン」の記事における「『ロード・オブ・ザ・リング』以前」の解説
大学卒業後に欧州に滞在していた頃も映画館に入り浸っていたヴィゴは、ピエル・パオロ・パゾリーニ、イングマール・ベルイマン、アンドレイ・タルコフスキー、小津安二郎などの映画に影響され、本格的に俳優を志すようになる。ニューヨークへ行った恋人を追って帰国した後は「Warren Robertson Acting Workshop」に参加。デンマークの親族と友人らには、俳優志望である旨の手紙を出したが、誰も彼が本気だとは思わなかった。ヴィゴは生活のためアイスクリーム売りやバーテンダーなどのアルバイトをしながら演技の基礎を学び、1982年に舞台デビュー。インディアナ・レパートリー・シアターでの『ロミオとジュリエット』、アメリカン・レパートリー・シアターでの『Kevin O'Cypher』、Ryan Repertory Companyでの『Two by Two』、Ensemble Studio Theaterでの『The Rapidio』など幾つかの舞台に出演した。 1984年にはドラマ『George Washington』でテレビ・デビュー。同年『スイング・シフト』(ジョナサン・デミ監督)でスクリーン・デビューの予定だったが、編集時に出演シーンはカットされる。ウディ・アレンの『カイロの紫のバラ』にも参加したが、こちらも編集でカットされたため、結局1985年の『刑事ジョン・ブック 目撃者』がデビュー作となった。 1987年、ロサンゼルスのコースト・プレイハウスで上演された舞台『ベント』で、強制収容所のナチ将校を演じDrama-Logue Awardを受賞。1991年にはショーン・ペン監督処女作の『インディアン・ランナー』に出演。深刻なPTSDを負ったベトナム帰還兵の弟を演じ、一躍注目される。しかしその後は僅かな佳作を除いて出演作に恵まれることは無かった。
※この「『ロード・オブ・ザ・リング』以前」の解説は、「ヴィゴ・モーテンセン」の解説の一部です。
「『ロード・オブ・ザ・リング』以前」を含む「ヴィゴ・モーテンセン」の記事については、「ヴィゴ・モーテンセン」の概要を参照ください。
- 『ロード・オブ・ザ・リング』以前のページへのリンク