高麗人 言語状況

高麗人

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/08 19:29 UTC 版)

言語状況

スターリン時代、高麗人は、公式の場で朝鮮語を使用することを禁止され、学校の授業も全てロシア語で行われた。スターリンの死後、これらの制限は撤廃されたが、ソ連社会に同化した高麗人は、進学や社会的栄達に有利なロシア語を母語としていた。子供を持つ高麗人の両親の中には、朝鮮語をもはや不要なものと考え、朝鮮語の授業の廃止を要請する者もいた。しかし、インターナショナリズムを標榜するソ連当局は、これら一部の高麗人の両親達の訴えを退けた。フルシチョフ及びブレジネフ時代、朝鮮語紙『レーニンの旗幟』(1938年 - 1989年発行)が発行され、朝鮮語で上演される朝鮮劇場が中央アジア各地を巡業した。よって、スターリン時代を除けば、ソ連で朝鮮語が弾圧されたというのは事実に反する。ただし、社会的な圧力があったことは否定できない。

ペレストロイカとグラスノスチの訪れと共に、短期間の朝鮮民族復興運動が始まった。ソ連の各共和国には、朝鮮民族協会が設立され、朝鮮語を学ぶ高麗人の若者が一時的に増加した。高麗人の知識人層の中では、沿海州への帰還運動も起こったが、実際に沿海州に再移住したのは数千人に過ぎなかった。なお、彼等の話す朝鮮語は、ロシア語の影響を極めて強く受けた「コリョマル(高麗語)」と呼ばれるものであり、本国の朝鮮語との乖離は特に日常の話し言葉において甚大である。韓国や北朝鮮、中華人民共和国延辺朝鮮族自治州で話される中国朝鮮語はどれもほとんど問題なく互いの意思疎通が出来るが、高麗語や在日朝鮮語の場合は、意思疎通は無理ではないにしろ、かなりの困難を伴う。

高麗人の著名人

脚注


  1. ^ a b c d e f g 기광서, 「구 소련 한인사회의 역사적 변천과 현실」, 《Proceedings of 2002 Conference of the Association for the Study of Overseas Koreans (ASOK)》, Association for the Study of Overseas Koreans, 2002.12.15
  2. ^ ノーマン・ナイマーク『スターリンのジェノサイド』、91-95頁(根岸隆夫訳、みすず書房、2012年)
  3. ^ 三木理史『国境の植民地・樺太』(塙書房、2006年)
  4. ^ a b Ye Ming (2017年12月5日). “中央アジアに強制移住させられた朝鮮人の消えゆく文化”. National Geographic. 2020年6月29日閲覧。
  5. ^ “Первая всеобщая перепись населения Российской Империи 1897 г. (General Population Census of the Russian Empire in 1897)”. Demoscope.ru. http://demoscope.ru/weekly/ssp/rus_lan_97.php 2007年5月20日閲覧。 
  6. ^ a b Lee, Kwang-kyu (2000), Overseas Koreans, Seoul: Jimoondang, ISBN 89-88095-18-9
  7. ^ 山本実彦『大陸縦断』1938年
  8. ^ a b Pohl, J. Otto (1999), Ethnic Cleansing in the USSR, 1937-1949, Greenwood, ISBN 0313309213
  9. ^ Шин, Пак & Цой 2011, p. 26.
  10. ^ Шин, Пак & Цой 2011, p. 31.
  11. ^ Шин, Пак & Цой 2011, pp. 31–32.
  12. ^ 申明直(熊本学園大学教授)[http://www3.kumagaku.ac.jp/research/fa/files/2014/12/4b230e0e931cb02ca750968d1f0a3664.pdf 「多国家市民」としての高麗人研究―「多共和国ソビエト連邦人民」からの変遷『調査研究シリーズ』109 pp.121-139
  13. ^ a b “高麗人強制移住80周年、ウズベキスタンに記念碑設置へ”. 東亜日報. (2017年7月4日). http://japanese.donga.com/Home/3/all/27/979943/1 2020年6月29日閲覧。 
  14. ^ 韓国政府「高麗人は歴史的被害者」認め始める(1)中央日報
  15. ^ 韓国政府「高麗人は歴史的被害者」認め始める(2)中央日報
  16. ^ Baek, Il-hyun (2005-09-14), “Scattered Koreans turn homeward”, Joongang Daily, オリジナルの2005-11-27時点におけるアーカイブ。, https://web.archive.org/web/20051127093846/http://joongangdaily.joins.com/200509/14/200509142129404979900091009101.html 2006年11月27日閲覧。 
  17. ^ 「韓国で暮らしたいです」高麗人4世ユリアさんの手紙
  18. ^ チェチェンの食卓 欠かせぬキムチ:スターリンが強制移住→カザフで出会った朝鮮民族から伝授」『東京新聞』夕刊2022年11月21日3面(2022年12月28日閲覧)
  19. ^ 中央アジアを知るための60章190頁
  20. ^ 정위용 (2009年4月17日). ““모스크바에 더이상 ‘구가이’는 없다””. 東亜日報. http://news.donga.com/3/all/20090417/8721384/1 2018年12月28日閲覧。 


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