音便
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/13 08:41 UTC 版)
概要
音便とは、単語中の1音(1音節)が別の音に変化する現象である。
変化後の音が「ウ」 「イ」 「ン」 「ッ」であるものを、それぞれ、ウ音便、イ音便、撥音便、促音便と呼んでいる。語頭に現れることはなく、語中または動詞や形容詞の活用語尾にのみ起こる。音便化が生じても、モーラの長さは保存される[注釈 1]。
各音便の性質として、以下のような事項を挙げることができる。
- ウ音便と撥音便とは互いに親和的な関係にある。すなわち、ウ音便を生じる環境では同時に撥音便形も呈することが比較的多く、逆もまた真。同様にして、イ音便と促音便も互いに親和的である。
- ウ音便、撥音便を生じるのはイ段、ウ段の音が多い。 濁音型(下記参照)では「ミ」 「ビ」 「ム」などがとくに多い。 ア段、エ段、オ段の例も少数あるが、変則的なものが多い。
- イ音便、促音便はもっぱらイ段音に生じる現象である。
「濁音型」の音便
鼻音(マ行音、ナ行音)や鼻音と親和性のある音(バ行音、ガ行音)が音便化する場合は、後続音の強制的な濁音化をともなう[注釈 2][注釈 3]。
以下の文中ではこうしたタイプの音便を便宜上「濁音型」また「連濁」と呼んでいる。
歴史
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歴史的には、各音便とも平安時代初期から音便化の例がある。 一説に、音便の生まれた背景には、大量に流入した漢字音の影響が強いという[注釈 4]。
すべての音便が一斉に始まったわけではなく、音便の形態、音形によって出現時期には前後があるが、院政期頃には、現在知られている音便の多くが出揃っていたとされる。
ウ音便・イ音便は広く使われたが、撥音便・促音便は漢文の訓読や漢語での使用が中心であった。また、和歌においては、音便が使われた例はほとんど見かけない。
出現する場所による分類
活用語尾に現れる音便
動詞の連用形+「て」「た」など
「読んで」「読んだ」「読んだら」「読んだり」のように、五段動詞(四段動詞、ラ変動詞、ナ変動詞)の連用形が、語尾に「て」 「た (< たり < て-あり)」 「たら」、列挙の「たり」をとる際に起こる変化。 ※以下の用例では、煩雑を避けるため「て」のケースのみ示している。
語幹子音の種類によって撥音便、イ音便、促音便のいずれも起こり、方言ではウ音便になる場合もある。
以下の文中では、便宜上、この種類の音便を「動詞のテ・タ形」と呼ぶこととする。
形容詞の連体形・終止形
形容詞の連体形の語尾はもと「-き」「-しき」の形だったが、「高き → 高い」 「久しき → 久しい」のごとく、k 音の脱落を生じてイ音便化した。なお、終止形はもと「-し」であったが、その後、統辞の単純化により連体形「-い」と変わらぬ形を採用するに至った。
形容詞の連用形
形容詞の連用形においても「‡高く → 高う」 「‡久しく → 久しう」のように k 音を落とす形があり、これもウ音便と呼んでいる。平安時代中期頃から中央(京都)では盛んに使われ、現在も西日本では広く行われる形である。
関東・東北などの方言では本来この形は使用しないが、東京山手方言および標準語では、敬語体系において近畿方言の強い影響を受けたため、「美しゅうございます」「うれしゅう存じます」のように「ございます」「存じます」に接続する場合に限ってウ音便を用いる[注釈 5]。「辛うじて」 「全うする」など、固定された形で標準語に入り、広く使われている語彙もある。それ以外の標準語にないウ音便についても、日常生活やテレビを通じて、多くの日本人にとってはすでに聞き慣れた表現になっている。
形容詞の「〜かった」など
形容詞の過去表現「高かった」、仮定表現「高かったら」、列挙表現「高かったり」などの形も促音便由来である。詳しくは促音便の節を参照。
その他の音便
活用語尾ではない、名詞、動詞、形容詞、副詞などのいわゆる語幹の中にも音便は多数発生している。 活用語尾の音便とは違い、こうした音便は必ず後続音を必要とし、語末に現れることはない。
漢熟語における「フ・ク・ツ・キ・チ」の促音化
漢字の入声韻尾、いわゆる「フクツキチ」[注釈 6]については、漢熟語において、後続する漢字の語頭音によっては[注釈 7]「合唱: ガフ + シャウ → ガッショー」「学会: ガク + クヮイ → ガッカイ」「切腹: セツ + フク → セップク」「一体: イチ + タイ → イッタイ」のように促音化する。これを(誤って)促音便と呼ぶ場合がある。
- ^ ただし、何もないところに「ウ」音が生じた例(「設く マク → マウク」「漸く ヤヤク → ヤウヤク」など)をウ音便と呼ぶ場合がある。
- ^ 音便化によって元の子音が失われた後も、子音の性質の一部が母音の鼻母音化のような形で残存し、それを後続音が吸収したものであると考えられている。
- ^ 少数ながらカ行などから濁音化を生じた例もある。 「衝き-食む → ついばむ」 「辛く-して → かろうじて」など。
- ^ 中央人の多くが日常的に中国音を模倣したことによって、否応なく日本語の音体系が広がり、音便が可能になったと考える。 各音便はそれぞれ漢字音のu韻尾、i韻尾、鼻音韻尾、入声韻尾の影響であるという。
- ^ 「ありがとう」 「お早う」 はこの形から 「ございます」 を落とした簡略形。
- ^ このうち「フ」は歴史的仮名遣いにのみ現れ、現代は失われている音だが、促音化した形は遺っている。なお、促音化しなかった場合はすべて「合 ガフ → ガウ → ゴー」「葉 エフ → エウ → ヨー」「急 キフ → キウ → キュー」のように変化してしまった。
- ^ 「フ・ツ・チ」については後続する漢字がカ・サ・タ・ハ行音で始まる場合(ただし「フ」については古くからある熟語に限られる)、「ク・キ」については後続する漢字がカ行音で始まる場合(ただし「キ」については「石鹸」「敵機」など少数の特定の語彙のみ)。
- ^ au, iu, eu, ou はそれぞれ o:, yu:, yo:, o: になった。 なお、これらはごく規則的な音変化。
- ^ a b 「かぐわしい」 「香ばしい」 「芳しい」 は三重語。
- ^ イ音便も併発している。
- ^ a b 「箒」に見られるア段の音便というのはかなり珍しく、この例は実質的には、母音の脱落(hahaki > *hawaki > *hawki > ho:ki)として説明できる種類の変化であろう。「申す」も同様である(mawosu > *mawsu > mo:su)。
音便と同じ種類の言葉
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