佐賀弁 佐賀弁の概要

佐賀弁

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/11/06 16:08 UTC 版)

佐賀弁(さがべん)は、九州地方佐賀県で話される日本語の方言である。九州方言肥筑方言の一つ[1]。狭義には佐賀市方言を指すが、以下では佐賀県全域の方言を解説している。

佐賀県はかつて、長崎県とともに肥前国を形成していた。肥前・肥後熊本県)・筑前筑後福岡県西・南部)の方言をまとめて「肥筑方言」と言う。佐賀弁が他の肥筑方言と共通する特徴として、終助詞である「ばい」「たい」や逆接の「ばってん」、形容詞が「よか」のようになるカ語尾、主格助詞「の」、対格助詞「ば」などがあるが、佐賀県内を細かく見るとかつてのの領域ごとに違いが見られる。

区画

佐賀県の方言は、南部の旧佐賀藩域(佐賀地区方言、狭義の佐賀弁)、北部の旧唐津藩域(唐津地区方言、唐津弁)、東部の旧対馬藩域(田代地区方言)に三分される[2]。なお、佐賀地区は小城市以東の東部方言と西部方言に分かれる[2]

以下、「佐賀地区」(「佐賀東部地区」と「佐賀西部地区」)、「唐津地区」、「田代地区」とはこの区画の地域を指す。

発音

母音の無声化
佐賀弁は、他の九州の方言と同じく母音の無声化が盛んで、有声子音の前でも無声化することがある[3]
連母音融合
佐賀弁では連母音の融合が全般的に激しい。次のような融合が起こる[4][5]
  1. [ai]は[yaː]になる (例)きゃーもん(買い物)、じゃーこん(大根)柳川方言に接する地域などではeːになる。
  2. [oi]は[eː]または[weː]になる。 (例)けー(鯉)、にうぇー(におい)
  3. [ui]は[iː]になる。 (例)すぃーか・しーか(すいか)、きーもん(食い物)
  4. [ei]は[eː]になることもあるが、そのままのことも多い。
また平安時代ごろに連母音[oo][ou][eu]だったものは共通語では[oː]になっているが、佐賀県をはじめ九州方言では[uː]になっている[6][7]
[例]いっしゅー(一升)、きゅー(今日)、うーか(多い)、うーかぜ(大風・台風)
促音化・撥音化
終止形が「る」で終わる動詞は、佐賀地区では促音化・引き音化が起こる。佐賀東部地区では語尾「る」は「とっ」(取る)、「あっ」(有る)のように促音化する[8][9]。佐賀西部地区では、カ変・サ変・下二段動詞の場合は促音化し、五段・上一段動詞の場合は「とー」(取る)「おきー」(起きる)のように引き音(長音)に変わる[8]。唐津地区や田代地区ではこれらが起こらず「有る」「起きる」のままである[7]
促音の後に濁音が来ることもある[9](例)「すっぎー」(すれば)。また名詞・動詞の最後のナ行音・マ行音が、撥音化することがある[9]。動詞で撥音化が起こるのは佐賀東部地区が中心である[9]。(例) いん(犬)、 こどん(こども)、あん(編む)、よん(読む)。
リ・レの変化
佐賀地区では、「り」が「い」になる[8][10]。また、代名詞の「れ」も佐賀地区では「い」になり、唐津地区では「り」に、田代地区ではそり舌音の「る」になる[11][10]
[例] (佐賀地区)ほい(堀)、くすい(薬)、こい(これ)、あい(あれ)
[例] (唐津地区)こり(これ)、あり(あれ)
[例] (田代地区)こる(これ)、そる(それ)
リ・リャ・リュ・リョの変化
佐賀地区の高齢層を中心に、「り」が「じ」に、「りゃ」が「じゃ」に、「りゅ」が「じゅ」に、「りょ」が「じょ」になることがあり、またこの逆の変化も聞かれる[7][10]
[例] じんご(リンゴ)、じょーほー(両方)
古音
「せ」「ぜ」は本来「しぇ」「じぇ」と発音され、今も佐賀東部地区にその傾向が強い[12][3]。中年層以下では「せ」「ぜ」と発音される[3]
[例] しぇんしぇー(先生)
佐賀地区の高齢層に四つ仮名の区別、つまり「じ」と「ぢ」、「ず」と「づ」の区別がある[12]。また佐賀西部地区に合拗音クヮ、グヮがある[13]。しかし、両者ともに急速に衰退が進んでいる。
ミ・ニの変化
佐賀東部地区では語頭以外の「み」「に」の子音が脱落して「い」になることがある[10]
[例] かがい(鏡)、あかおい(赤おに)
アクセント
佐賀県のうち、佐賀西部地区と小城市は頭高型と平板型の二種類の型を区別する二型アクセントである。それ以外の佐賀東部地区、唐津地区、田代地区は無アクセントである[14][9]

文法

動詞

動詞の活用の種類には五段活用上一段活用下二段活用カ行変格活用(来る)、サ行変格活用(する)がある[15]。「うくる」(受ける)、「づる」(出る)のように、九州方言では共通語の下一段活用動詞に対応する下二段活用が残存している。

他の九州方言と同じく佐賀弁でも一段・二段活用が五段活用に変わる傾向が強い[16]。上一段活用の場合、「起きん・起きらん」(起きない)、「起きゅー・起きろー」(起きよう)、「起きろ・起きれ」(命令形)がそれぞれ併用されている[17]。特に田代地区では命令形は「起きれ」のような「れ」語尾のみを用い、連用形まで「起きりきる」のように五段化が起こっている[17]。下二段動詞は五段化せず、「受きゅー」(受けよう)、「受けた」、「受くる・受くっ」(受ける)、「受けろ」のようになるが、「づる」(出る)のように語幹が一拍のものは五段活用化する傾向が強い[16][17]

五段活用の動詞では、「て」「た」がついた場合の連用形音便のうち、ワ行五段はウ音便になる。また高齢層を中心に、マ行・バ行五段がウ音便に、サ行五段動詞がイ音便になる[16]。イ音便とウ音便は前述の連母音融合によってさらに変化する[18]。(例)ワ行五段ウ音便「かうた」→「こーた」(買った)、マ行五段ウ音便「あそうだ」→「あすーだ」(遊んだ)、サ行五段イ音便「はないて」→「はにゃーて」(話して)。また、丁寧形には「ます」を使い、高齢層では「まっすっ」が聞かれることもある[16]

形容詞・形容動詞

形容詞の終止形・連体形は、「赤か」「高か」のようなカ語尾を用いる[19]。未然形には「あかかろー」(赤いだろう)のような形がある[20]。連用形にはウ音便が起こり、「あこーなか」(赤くない)のように言うほか、「…て」に相当する部分を「して」と言う[19][20](例)「うれしゅーして」(嬉しくて)。また、形容詞の語幹に「さー」を付けて感動表現に用いる[20](例)「広さー」。形容動詞は形容詞との区別がほとんどなく、「立派か」(立派だ)、「立派かった」(立派だった)、「立派かろー」(立派だろう)、「りっぽーして」(立派で)のように活用する[19]。ただし連用形では「立派に」のように「に」の付く形がある点は形容詞と異なる[20]

助動詞

断定
断定の助動詞(コピュラ)には、「じゃ・や」があるが、主に「じゃろー・やろー」「じゃった・やった」の形で使われる。「じゃ・や」をそのまま文の終止に用いることはなく、代わりに「ばい」「たい」を用いる[21][22]。従属節でも「本けん」(本だから)のようにコピュラを介さず接続助詞を直接つけることが多いが、強調的な表現では「本やっけん」のように言うこともある[23]。また、接続詞に「だけん」(そうだから)があるほか、唐津地区では名詞につく「だった」「だろー」も存在する[24]。なお、佐賀県では「じゃろー・じゃった」が元々あった形だが、若い世代からは「やろー・やった」が広まっている[24]
否定
動詞の否定は、未然形に「ん」を付けて表す。過去否定には「行かんじゃった」(行かなかった)のような「んじゃった」や「んだった」(唐津地区)、「んやった」があり、「んやった」は若い世代に多い[24]
進行相と完了相
佐賀弁をはじめ、九州の方言では進行相完了相を言い分ける。佐賀県では進行相には佐賀東部地区で「書きよっ」のように「よっ」、佐賀西部地区で「書きうぉー」のように「うぉー」(若年層は「よっ」「よー」が多い)、唐津地区・田代地区で「書きよる」「書きょる」のように「よる」「ょる」が使われる[25][26]。完了相には、佐賀地域で「立っとっ」「立っとー」のように「とっ・とー」、唐津地域で「立っちょる」のように「ちょる」、田代地域で「立っとる」のように「とる」が用いられる[27][26]
[例]「ふいうぉー/ふっとー」(降っている。前者は進行相、後者は完了相)。
推量・様態
推量には「書くじゃろー・やろー」のような「じゃろー・やろー」が用いられ、唐津地区では「だろー」が用いられる[28]。また、「降っらしか」「食うらしか」「効くらしか」のような「らしか」でも推量を表し、一部地域では「行こー」「起きゅー」という形でも推量を表す[28]。また、様態を表すのに「ごたる」を用いる(例)「雨ん降っごたっ」(雨が降るみたいだ)[28]
可能表現
可能表現では、能力可能と状況可能で別の言い方をする。能力可能には、「ゆる」「きる」、状況可能には「るる・らるる」を用いる[29]。「きる」は九州で広く使われ、「ゆる」は佐賀県・長崎県で使われる。「ゆる」と「きる」の勢力は同じくらいだが、次第に「きる」が増える傾向にある[22]
[例] (能力可能)「おいわ かとーしても きーゆっ」(僕は固くても食べられる。「食いゆる」が音変化して「きーゆっ」になっている)[30]
[例] (状況可能)「もちの かとーして くわれん」(餅が固くて食べられない)[30]
尊敬
尊敬を表す助動詞には「行きんさる」のような「んさる」(佐賀西部地区で「んさー」、佐賀東部地区で「んさっ」)が広く用いられる[31]。また「んしゃる」(「んしゃー」「んしゃっ」)があり、若年層では命令形「んしゃい」だけがよく使われている[21]。ほかに「なる」「す・さす」「しゃる・さっしゃる」「ござる」「やる」「る・らる」がある[21]

助詞

格助詞・副助詞
主格格助詞には「の」と「が」が用いられるが、「の」の方が一般的である[32]。「の」は「ん」に変化することが多い[32]準体助詞に、佐賀地区では「と」を用い、唐津地区や田代地区では「つ」を用いる[33](例)おいがと(俺のもの)。また対格(「を」に相当)には「ば」が用いられる[32][34]。方向を表すのに、「さん」「さい」「さみゃー」などが広く用いられるほか、「に」も用いられるが、「に」は子音が脱落して「い」になり、さらに前の語と融合する[34][32](例)「はかちゃー」(←博多い←博多に)、「学校さん行く」(学校へ行く)。また行為の目標を示すのに、「ぎゃー」を用いる[32](例)「あそびぎゃーいく」(遊びに行く)。「と」に当たる引用を表す助詞には、「て」や「ち」を用いる[33]。係助詞「は」は、「かわー」(川は)、「あみゃー」(雨は)のように前の語と融合し、前の語が撥音で終わる場合は「ほんな」(本は)のように「な」になる[35][36]。また、限定・強調を表す「ばし」がある[37][36]
接続助詞
順接確定(から)を表す接続助詞には、「けん・けんが・けー・け」がある[37][36]。逆接確定(けれども)を表す場合は、「ばって・ばってん・ばってんが」が広く用いられるほか、佐賀西部地区では「どん・いどん」も用いられる[37][36]。また逆接「のに」にあたるものに「とこれ(ー)」「とけ(ー)」がある[37][36]。接続助詞の「て」にあたるもの(「書いて」の「て」)には、佐賀地区で「て」を用い、唐津地区や田代地区で「ち」「て」両方を用いる[38]
仮定条件を表すのに佐賀弁では仮定形(「降れば」など)を用いず、佐賀地区で終止形接続の「ぎー・ぎ・ぎにゃー」や「ないば」を用い、田代地区で「ぎり・ぎりー」、唐津地区で「なら・なりゃー」を用いる[39][40]
[例]「あめん ふっぎー よかない」(雨が降ればいいねえ)[41]
終助詞・間投助詞
代表的な文末助詞に「ばい」「たい」があり、名詞に直接付いて断定の助動詞の代わりにもなる。「ばい」の方が主観主張的な意味があり自己の判断を確認したりそれを穏やかに教示したりするのに使われるのに対し、「たい」の方は物事を自明のこととして訴える客観的容認的な意味がある[37]。「ばい」の変種には「ばん」「ばんた」などがある[42]。「たい」の変種には、佐賀西部地区に「たいえー・たいのー」、佐賀東部地区に「ちゃー・とー・てー」、唐津地区に「ちゃー」、田代地区に「たな」などがある[43]
終助詞と「あんた」「おまい」などの代名詞が複合してできたものが多くあり、呼びかけに用いられる(唐津などを除く)[42]。「なー」と「あんた」のくっついた「なんた・なた」、「か」と「あんた」のくっついた「かんた」、「くさ」と「あんた」から「くさんた」、「ばい」と「あんた」からの「ばんた」、「たい」「あんた」からの「たんた」、「のー」「おまい」からの「のーまい・のまい」などである[42]
「ぞ」に相当するものには「ざい」があり、「じゃー・ざん・ぞー」などにもなる[43]。また、「良かくさ」(いいさ。かまわないよ)のように用いられる「くさい・くさ」などもある[43]。「行こう」「良かろう」のような推量・意志表現に付ける助詞(「よ」に近い)に「だい」があり、「だん・だー・だんた」などにもなる[44]
佐賀地区では、肯定の応答表現に高齢層が「ない」を用いる[13]。唐津地区や田代地区ではこれを用いない[13]

その他

特徴的な表現法として、擬音語擬態語を3回続けるというのがある。

[例]「雨のざあざあざあ(で)降りよー」(雨がざあざあ降っている)[45]


  1. ^ 藤田 2003, p. 2.
  2. ^ a b 小野 1983, pp. 92–93.
  3. ^ a b c 藤田 2003, p. 9.
  4. ^ 藤田 2003, p. 8.
  5. ^ 小野 1983, pp. 100–101.
  6. ^ 藤田 2003, pp. 8–9.
  7. ^ a b c 小野 1983, p. 100.
  8. ^ a b c 小野 1983, p. 99.
  9. ^ a b c d e 藤田 2003, p. 11.
  10. ^ a b c d 藤田 2003, p. 10.
  11. ^ 小野 1983, pp. 93, 99.
  12. ^ a b 小野 1983, p. 97.
  13. ^ a b c 小野 1983, p. 96.
  14. ^ 小野 1983, pp. 101–102.
  15. ^ 藤田 2003, p. 12.
  16. ^ a b c d 藤田 2003, p. 13.
  17. ^ a b c 小野 1983, p. 105.
  18. ^ 小野 1983, p. 104.
  19. ^ a b c 藤田 2003, p. 14.
  20. ^ a b c d 小野 1983, p. 106.
  21. ^ a b c 藤田 2003, p. 15.
  22. ^ a b 小野 1983, p. 107.
  23. ^ 藤田 2003, pp. 15–16.
  24. ^ a b c 藤田 2003, p. 16.
  25. ^ 小野 1983, pp. 94–95.
  26. ^ a b 藤田 2003, pp. 3, 24–28.
  27. ^ 小野 1983, p. 95.
  28. ^ a b c 藤田 2003, p. 18.
  29. ^ 藤田 2003, pp. 18–19.
  30. ^ a b 藤田(2003)、18-19頁より引用。原文の例文はカタカナ表記だがひらがな表記に直した。
  31. ^ 藤田 2003, pp. 14–15.
  32. ^ a b c d e 藤田 2003, p. 19.
  33. ^ a b 小野 1983, p. 94.
  34. ^ a b 小野 1983, p. 109.
  35. ^ 藤田 2003, pp. 19–20.
  36. ^ a b c d e 小野 1983, p. 110.
  37. ^ a b c d e 藤田 2003, p. 20.
  38. ^ 小野 1983, pp. 94, 110.
  39. ^ 小野 1983, pp. 95, 103, 111.
  40. ^ 藤田 2003, pp. 14, 24–28.
  41. ^ 藤田(2003)、14頁から引用。原文の例文はカタカナ表記だがひらがな表記に直した。
  42. ^ a b c 藤田 2003, p. 21.
  43. ^ a b c 小野 1983, p. 111.
  44. ^ 小野 1983, pp. 111–112.
  45. ^ 佐賀市どんどんどんの森という名前の公園がある。


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