聖母マリアの描写
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/18 04:55 UTC 版)
『教会の聖母子』は縦31cm、横14cmという、装飾写本のミニアチュール並みの小作品で、この大きさは15世紀に使用されていた多くの祈祷用ディプティクのサイズと合致する。ディプティクの携帯性や価格などの面から小型化が進んでおり、所有者が描かれた精緻な絵画をより近くで見たいという要求も小型化に拍車をかけた。『教会の聖母子』に描かれている聖母マリアは、赤いドレスの上に質感の異なる暗青色のローブを羽織っている。暗青色は、マリアの人間性を際立たせる目的で、伝統的に絵画作品に採用されてきた色である。ドレスの裾には「SOL」と「LU」と読める金糸の刺繍があり、これはラテン語で太陽を意味する「sole」と光を意味する「lux」の一部であると考えられている。宝石で豪奢に何段にも飾り立てられた宝冠を被ったマリアは腕に幼児キリストを抱き、キリストの両足はマリアの左手に置かれている。キリストの下半身は長く尾を引く白い布にくるまれており、その手は刺繍が施されたマリアの衣装の胸元をつかんでいる。 『教会の聖母子』の背景である教会内部には、聖母マリアに関するさまざまな事物が描かれている。マリアのすぐ後ろには二本のロウソクに挟まれた聖母子像の彫刻、その右のクワイヤにはマリアを称える賛美歌を歌う天使がそれぞれ描かれている。マリアの頭上には受胎告知のレリーフ、張出し窓には聖母戴冠、そして画面右上にはキリスト磔刑像が描かれている。『教会の聖母子』には、神の子の母としてのマリアの生涯が表現されているのである 。 マリアの左に描かれている柱には、二段組のプレイヤー・タブレット(prayer tablet、願いや懺悔を記して教会に奉納する木板のことで、神道でいう絵馬に近い)がかけられている。ヤン・ファン・エイクと同じく初期フランドル派を代表する画家ロヒール・ファン・デル・ウェイデンが1445年から1450年にかけて描いた『七つの秘蹟の祭壇画』にも、教会内の柱にかけられた同様の祈祷板が描かれている。この二段組の祈祷板には、『教会の聖母子』のオリジナルの額装に刻まれていた銘と同じ文言が記されている。クリアストーリー(教会や聖堂の採光用の窓が並んだ、高い位置にある壁 (en:clerestory))に並ぶ高窓から飛梁が見渡せ、ヴォールトのアーチ部分にはクモの巣が描かれている。トリフォリウムには異なる建築様式が見られ、聖歌隊席と翼廊は身廊に比べると当時最新の様式で表現されている。 高い窓から降りそそぐ、精緻に表現された光線が煌くように入り口やタイル張りの床などの教会内部を照らし出す。この輝くような陽光は聖歌隊席の内陣障壁に建てられたロウソクの揺らめく灯りと対比されている。全体的な明暗の画面構成としては下部に行くほど薄暗くなっていく。もっとも暗い陰として描かれているのは、聖歌隊席の階段と側廊部分である。『教会の聖母子』の人物造形は、1400年代初めの絵画作品としては異例なまでに写実的な作風で描かれている。15世紀になってから大きな進歩を遂げた、実際の陽光を詳細に観察して絵画作品に光として表現する技法を先取りするかのような表現がなされている。ただし、光の表現そのものは写実的といえるものだが、この光がどちらから射し込んでいるのかがはっきりとしていない。美術史家エルヴィン・パノフスキーは、この作品では北側の窓から光が射し込んでいるが、当時の多くの教会では聖歌隊席が東に面していたため、光は南側から射し込むはずであると指摘した。この矛盾からパノフスキーは、描かれている光は自然光ではなく聖なる光を表しているとし、「自然の法則ではなく、宗教的象徴の法則」に則って描かれている作品であるとしている。
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