三省堂 大辞林 |
こっか-しんとう こく―たう 4 【国家神道】
明治維新期に国家権力の保護により、神社神道と皇室神道が結合して成立した神道。幕末の復古神道、特に平田派の国学者の思想の影響を受けて形成された。天皇制イデオロギー・国家主義思想の理念的背景となり、第二次大戦終了まで続いた。
歴史民俗用語辞典 |
神道用語 |
ウィキペディア |
国家神道
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/02 14:50 UTC 版)
国家神道(こっかしんとう)とは、明治維新から第二次世界大戦までの日本で、政府の政策により成立していた国家宗教、あるいは祭祀の形態の歴史学的呼称である。「国体神道」や「神社神道」とも、また、単に「神社」とも称した。
- ^ a b 『神道』 134頁。
- ^ 佐木秋夫 (1972-04-25). “国家神道”. 世界大百科事典. 11 (初版). 平凡社. pp. 270.
- ^ 『神道』 136頁。
- ^ 具体的には「安寧秩序ヲ妨ケス」は主として刑法犯に抵触しない事を指し、「臣民タルノ義務ニ背カサル」は20条・21条に明記された兵役と納税の義務は宗教上の理由で拒否することが出来ない、という見解であった。
- ^ 美濃部達吉や筧克彦は「神社を格別として、神道を国教としたのは不文憲法に基づくものであるとの学説を主張した。」(葦津珍彦『国家神道とは何だったのか』神社新報社、1987年、p132)
- ^ 神社局は「国民カ神社ニ参拝シマスノハ我カ国体ノ本義ニ基ク当然ノ責務」(1939年1月、帝国議会用資料「宗教団体法案ニ関スル質疑応答資料」)としている。
- ^ ただし、浄土真宗が明治初期の段階で神社神道の非宗教性を唱え、結果的に宗教界から神社神道を追い出そうとした活動があったのも一考の余地がある
- ^ 加藤玄智『東西思想比較研究』明治聖徳記念学会、1924年
- ^ 宮地直一『神祇史大系』明治書院、1941年。
- ^ 阪本是丸「内務省の「神社非宗教論」に関する一考察」「國學院雑誌」2003年11月p310。
- ^ 宮沢俊義 『憲法講話』 岩波書店〈岩波新書〉、1967年6月1日(原著1967年4月20日)、第2版、pp. 28-29。2009年5月22日閲覧。
- ^ 例えば、菱木政晴「国家神道の宗教学的考察」(「西山学報」1994年3月)は「Xにはaの性質がある。aはAの性質である。したがってXはBではない」という論理は「このチョークは白い。白いのは雪の性質である。したがってこのチョークは筆記具ではない」という論理に等しいとしている。
- ^ 菱木政晴「国家神道の宗教学的考察―顕彰と謝罪―」京都西山短期大学「西山学報」42号、1994年3月(ISSN 03893650)。
- ^ 『国史大辞典・第五巻』吉川弘文館、1984年、P889「国家神道」の項。
- ^ 『内務省…名門官庁はなぜ解体されたか』 pp. 166-167。
- ^ 安丸良夫・宮地正人編『日本近代思想大系5 宗教と国家』431ページ
[続きの解説]
「国家神道」の続きの解説一覧
国家神道と同じ種類の言葉
国家神道に関係した商品
- 【送料無料】国家神道楽天ブックス
- 【送料無料】国家神道と天皇問題楽天ブックス
- 【送料無料】国家神道と民衆宗教楽天ブックス
国家神道のページへのリンク