被害者
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/03/11 14:26 UTC 版)
被害者の人権保護
被害者に対する人権保護については色々な社会的議論がある。
加害者・被疑者の人権保護とのバランス
しばしば問題視されてきたのが「被疑者(加害者を含む)に対する人権保護」とのバランスである。たとえば犯罪加害者・容疑者、特に未成年者に対しては顕名報道が避けられる方向になってきているにもかかわらず(未成年被疑者については原則禁止)、死亡した被害者については実名報道が原則とされてきたことなどである[7]。
近年、死刑判決が増加しているのは法廷で遺族の意見陳述が認められたことにより裁判官も遺族感情を無視できなくなったからだとする指摘がある[8]。
日本弁護士連合会の調査によると少年事件の法廷で、被害者・遺族が感情的になり被疑者である少年に暴言を吐いたり暴行を加えたりする事例が報告され、少年の更生への悪影響を懸念する声がある[9]。
犯罪の捜査や裁判、報道において冤罪が起きた場合は、一時は加害者と目された人が冤罪の被害者となる[10]。
人はいつ被害者や、加害者あるいは被疑者になるのか分からないため、バランスが取れた人権保護が求められている。
固定的な被害者像の流布
「この手で殺したい」「極刑(死刑)を望む」といった遺族の声を繰り返しアナウンスすることに対して、森達也は、死刑の制度の問題として論じるべきことが感情の領域に持っていかれて「こんなひどいことをした奴は死刑で当然」という声に覆われてしまうとの批判している[11]。
犯罪立証と被害者
裁判においては、被害を直接体験した被害者による具体的被害証言なくして有罪に持ち込むことができない件も少なくなく、この場合、被害者は犯罪被害状況をつぶさに思い出しながら、公開法廷にて証言しなければならない(回答を拒否したり、曖昧な証言しかできなかったりする場合、信用性が低いと見なされ、真犯人であっても有罪にできないことが起こり得る)。また、罪を免れたいあまり、被害者に責任を被せるような発言をする被告人もいる。こうした捜査・公判における被害者の苦痛は、可能な限りの軽減が求められている。
他方で、被害者の誤った証言によって被害者が冤罪加害者となってしまう例や、被害者への配慮として無罪の証拠となるべき重要な被告人供述を録取しないなどの事態もあり、被害者保護のための手法が冤罪をもたらす方向に流れることを危惧する意見もある。
被害者の氏名情報の扱い
最近では、警察発表で被害者の氏名が伏せられることも増えてきている。2005年には大規模な鉄道事故のケースで警察側がマスメディアへの発表に同意した被害者の氏名のみを発表したというケースがあり、改めて大きな議論を巻き起こした。個人情報保護法の全面施行の直後だったということもあり、被害者の氏名情報の扱いについて警察や病院など多方面に迷いが見られたことも、混乱を加速した。このケースでは、マスメディアの側が猛烈に反発し全面公開を要求した(このケースでは最後まで拒否されている)。
こういった混乱を受けて、2005年10月には日本新聞協会が「(氏名を報じるかどうかは報道機関が判断するので)警察は被害者の氏名を報道機関に対しては開示すべきである」との意見書を内閣府に提出した。
しかし、「未成年者犯罪などについて『報道の自由』を掲げて氏名報道を強行する報道機関がある」「大きな事件では被害者や被害者家族・遺族に対する取材競争が過熱することが珍しくない」「被害者をことさらおとしめるような報道がなされる場合がある」といった問題点がこれまでにも指摘されてきた。また、警察官や検察官、取材した記者の実名が報道されることは少なく、報道機関内の不祥事について、報道機関自らが情報を秘匿するといったケースも少なからずあり、個人情報の開示を巡る判断を報道機関に任せることに不安の声もある。こういった理由から、「国民の知る権利を代表するもの」として、あるいは「権力のチェック機関」としての報道機関の信頼性には疑問を提示する声も多く、報道機関による警察に対する氏名開示要求は必ずしも社会的な同意を受けているものとは言えない。
被害者の個人特定が全く不可能になると、警察発表などの内容を報道機関が検証することも不可能になり、それはそれで社会的な不利益につながる公算も高い。今後の社会的合意の形成が注目される。
海外の例では2019年、アメリカ合衆国テキサス州で発生したミッドランド銃乱射事件(7人死亡)では、警察側は被害者の氏名の発表を行わなかった[12]。
- ^ 特定非常災害の被害者の権利利益の保全等を図るための特別措置に関する法律 - e-Gov法令検索
- ^ a b 『日本経済新聞』朝刊2021年7月18日(社会面)「犯罪被害ケアなお途上/支援条例制定、5県空白/京アニ放火2年」「北欧に専門機関、一括対応/米独、運営支える寄付文化」(2021年8月25日閲覧)
- ^ “犯罪被害給付:海外での事件、救済漏れ 制度改善求める声”. 毎日新聞. (2012年10月21日). オリジナルの2013年8月28日時点におけるアーカイブ。
- ^ “国外犯罪被害者救済で法成立 弔慰金の条件厳しく”. 日本経済新聞. (2016年6月25日) 2016年12月24日閲覧。
- ^ “犯罪被害者:後遺症抱え生活保護 持続補償、制度化を”. 毎日新聞. (2014年2月26日). オリジナルの2014年3月2日時点におけるアーカイブ。
- ^ 犯罪被害者:尽きぬ苦悩 後遺症抱え生活保護、講演料は「収入」 持続補償、制度化を 識者の話[リンク切れ]『毎日新聞』2014年2月26日
- ^ なお、このケースでは「被害者についても実名報道を避け、人権侵害につながる恐れを抑制すべきである」という主張は少なく、被疑者(加害者を含む)についての実名報道を維持したいという意図の下に被害者の人権が利用されているケースが多く見られることに注意すべきである。
- ^ 「死刑宣告、過去最多45人 世論が厳罰化後押し[リンク切れ]」『産経新聞』2006年12月30日
- ^ “少年審判への遺族傍聴 法改正に賛否両論”. J-CAST (2008年5月3日). 2008年5月6日閲覧。
- ^ 「分断しない捜査、報道を 冤罪と犯罪、被害者巡り熊本大でシンポ」『熊本日日新聞』2021年06月20日(2021年8月25日閲覧)
- ^ 森達也『死刑 人は人を殺せる。でも人は、人を救いたいとも思う』(朝日出版社、2008年1月10日、ISBN 9784255004129)103頁
- ^ “テキサス銃乱射事件、警察はテレビ中継で容疑者の名前を公表せず「彼の行為に、悪名を与えない」”. huffingtonpost (2019年9月2日). 2019年9月3日閲覧。
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