節談説教
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/04 21:36 UTC 版)
節談説教(ふしだんせっきょう)とは、日本の仏教布教手段を指す「説教」のうち、浄土真宗に固有の言葉である[1]。また、一般には仏教全体の「節付説教」を表す言葉としても用いられる。仏教に馴染みのない聴衆に伝わりやすくするために、話す文句(説教)に抑揚(フシ)が付き(多くは七五調である)、人びとの情念に訴えかけるように工夫されたものである。現代の法話とは異なる。説経節のように歌って踊るパフォーマンスはなく、楽器なしの素語りである。賽銭を投げ銭方式でもらうため、実力差も出やすい。その芸能性により、浪曲、講談、落語などそれぞれの話芸の母体となった。これを行う説教師は、昭和期においてなお、寺をめぐり旅をしながら浄土真宗の教えを説いて回った[2]。
注釈
- ^ 安土桃山時代から江戸時代初期にかけて活動した、『醒睡笑』の筆者で「落語の祖」と呼ばれる安楽庵策伝も、安居院流の流れを汲む説教師であった。釈(2011)p.12
- ^ 現代においての浪曲と同様であり、強い影響がある。
- ^ 本願寺は開祖親鸞の伝記を平仮名で気安く読んだり、開山の故事を人形操りで楽しむなどの行為を厳しく非難しているが、それは本山の権威を保ち、芸能の徒を卑しむというだけではなく、本願寺側に『御伝鈔』の著作やそれに関する説教を独占し、末寺の財政基盤と生業を保護する責任を有していたからだと考えられる。室木(1973)p.399
- ^ 落語の「高座」(こうざ)、「前座」(落語用語でぜんざ、節談用語でまえざ)は説教からの用語である。演目(ネタ)も引き継がれている。
出典
- ^ 谷口『「節談」はよみがえる』(2004)関山による巻頭言
- ^ 小沢昭一『昭和の肖像<芸>』p.180
- ^ a b c d e f 釈(2011)pp.9-14
- ^ a b c d ディーバー仁美「交感の宗教性-節談説教について」
- ^ 野間・沖浦(1985)p.253
- ^ a b c 室木(1973)「解説」pp.393-399
- ^ a b c 五来(1988)pp.484-485
- ^ 『大系 日本歴史と芸能 5:踊る人々――民衆宗教の展開』(1991年、平凡社)p.57
- 1 節談説教とは
- 2 節談説教の概要
- 3 概要
- 4 主な演目(因縁話)
- 5 外部リンク
節談説教と同じ種類の言葉
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