摂大乗論
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内容
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本書は『般若経』や龍樹の般若仏教を継承して般若波羅蜜(本書では無分別智と名付ける)を根本とし、『解深密経』『大乗阿毘達磨経』を初め、マイトレーヤナータの『中辺分別論』『大乗荘厳経論』等の瑜伽仏教を受け容れて、大乗仏教の全体を併せて1つの整然たる組織に組立てており、大乗全体の綱要を10項目に分かち、1項目に1章を当てて、10章で全体を述べている。各章の題名とその内容は次の通りである(題名は真諦訳による)。
- 応知依止勝相品第1(阿頼耶識・縁起)
- 応知勝相品第2(三性・実相)
- 入応知勝相品第3(唯識観)
- 入因果勝相品第4(六波羅蜜)
- 入因果修差別勝相品第5(十地)
- 依戒学勝相品第6(戒)
- 依心学勝相品第7(定)
- 依慧学勝相品第8(慧)
- 学果寂滅勝相品第9(無住処涅槃)
- 智差別勝相品第10(仏の三身)
応知(jñeya 所知)とは依他性・分別性・真実性の三性を意味している。第1品から第5品までの題名を見れば応知(三性)が基本であることがわかる。阿頼耶識は三性の依であり、唯識観は三性に悟入することであり、六波羅蜜は三性に悟入する因と果であり(入因果とは入応知因果の意)、十地は三性に悟入する因果における修行の段階である。『成唯識論』の唯識説では阿頼耶識を根本とする八識が転変して諸法が現われるので、万法唯識であると言われる。だからその唯識説は心識論の基礎の上に立っているわけである。ところが『摂大乗論』は『解深密経』の論の組織内容から来る論構成に範を取って作成されたことにより、『摂大乗論』では三性説が唯識説の基礎になっている。依他性は識を意味し、したがって有であり、分別性は境を指し、したがって無であり、依他性と分別性で識有境無を顕しているこの識(有)と境(無)との関係が真如すなわち真実性を示しているので、唯識無境ということはすなわち真如にほかならぬ。唯識に入るということは真如に入ることである。唯識を観ずること(唯識観)は真如を観ずるのであり、その観智は加行無分別智(浅い段階)・根本智・後得智である。だから修行者が真に唯識に立ったときは、それが無分別習・法身・転依などと呼ばれる(『唯識三十頌』第28,29,30各頌)いわゆる境識倶泯が真の唯有識であること、換言すれば真の唯識は識無であるとともに識無であることは、『中辺分別論』相品第7偈に「得(=識)と無得(=非識)とは平等である」とあるのによってわかる。三性はこの識の有と識の無(これは境の無即ち分別性による)との関係と、それによって示される真如とを示している。このような意味で三性は唯識を示しているのである。三性を説いている第2品を読むと、「此の如き道理に由って諸法は唯識なり」とか「是の故に諸法唯識の道理を信ずべし」とかいうような言葉がたびたび出てくる。これは三性の説明をすることがすなわち諸法唯識を説くことにほかならぬからである。阿頼耶識を説いている第1品にはこのような言葉は一度も出てこない。このことは『摂大乗論』では三性説が諸法唯識説を支えている基礎であって阿頼耶識ではないということを示している。
この言葉の意味について従来の解釈は、例えば普寂などでも、諸識の別は一式の義分であると言い、諸識は一識であることを示すもので、その趣意は諸識が真如を体としていることを意味する。一識とは一真如にほかならぬ意味であると解した。しかしこれは『摂大乗論』の勝れた思想をまったく無視して『大乗起信論』と同一に見てしまうことにほかならない。この阿頼耶識識は、本識識とか一本識とか訳されているように、一識を表すが、その一の意味は普寂などの従来の見解とは違うのである。本識・染汚意・阿頼耶識が同時に対象に向かって働く時は、この全体が1つの主体(subject)を構成して、そこに意識の統一態をなすので、これを一本識といい、同様に意識識とは、意識と五識とが同時に対象に向かって働く時は、この六識が1つの統一体として働くことを意味しているのである。これらの本識識や意識識という思想は、識はすべて主体であり、主体は統一体として、すなわち一識として、働くことを示しているもので、主要な思想である。
この書は真諦によって中国に伝えられ、そこで摂論宗が起こったが、現存の摂論宗の章疏などから見ると、この書の思想が中国人のものとなったとは思えない。真諦の後約100年を経て玄奘が瑜伽仏教の真髄を求めて渡印せねばならなかった所以もそこにあると考えられるが、畢生の努力によって玄奘が新しく持ち帰ったものは、既に無着・世親の思想より大きく変化した後のものであった。現代の学界でこの価値は再認識せられ、研究が進められている。
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