小中一貫教育
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/03/15 17:08 UTC 版)
入学者選抜
公立の場合、施設の形態にかかわらず入学者選抜は行わない。これは公立の義務教育の中において「エリート校」化することを懸念する意見があるためである[6]。しかし、入学者選抜を行わない場合、柔軟なカリキュラム編成を生かした「早期カリキュラム」のような独自の一貫教育が可能なのか、疑問も指摘されている[注 1]。横並び意識の強い日本の教育風土においては様々な課題もある。
小中一貫教育の議論(メリット・デメリット等)
小中一貫校(義務教育学校)の制度に関しては、これまで、中央教育審議会、国会、地方議会、教育委員会、教育学者、教育評論家等の間で様々な議論が行われている。初めての制度の導入に伴うメリット、デメリットがあり、制度そのものについて推進意見、慎重意見もある[7]。
メリット
デメリット
- 人間関係が固定化しやすくなってしまう[5]。
- 行事活動等で小学生(特に5、6年生)のリーダーシップ性を育てる機会が減少する[8]。
- 小学校の卒業式、中学校の入学式が無い場合、進級、進学の意識やけじめが付きにくく、中学校の入学への新鮮さが弱まる恐れがある。
- 9年間の途中で学習に挫折をする可能性(カリキュラムを早期化する場合)[9]。
- 教職員の教育免許は小学校の教員免許状および中学校の教員免許状を有する者でなければならないが[10]、両者の養成課程は独立している場合も多く、両方の免許を取得していない教員も少なくない。
- 小学校段階から教科担任制を導入すると、学級担任制のメリット[11] がなくなってしまう。
- 職員の会議が多くなり、職員の負担が増加する[12]。
- 単元や授業の区切りごとに行ってきた小学校段階の試験が、定期考査での評価に移行することで小学生へのストレスが生じてしまう。
- 中高一貫教育(中等教育学校制度等)との整合性がない。一つの自治体や地域の中に小学校、中学校、中等教育学校(中高一貫校)、義務教育学校が併存することになる[5]。義務教育学校前期課程から中学校または中等教育学校への進学は原則として妨げはないものの、一貫教育の途中で転校や進学をすることは、9年間の小中一貫教育を目的として教育方針を打ち出している本来の小中一貫校の教育趣旨とは異なる。また、中高一貫校への進学率が高い地域などでは、一貫教育の途中で他校への進学や転校を無条件に認めていると小学部と中学部の間に質や数の差が生じ、小中一貫の本来の教育趣旨を自ら否定することにもなりかねず、現在主流の6-3-3制や6-6制の教育制度の中において9年制の小中一貫校の存在意義も曖昧になりかねない[注 3]。
- 一貫教育の目的として教育課程の連携やギャップの解消を標榜しているにもかかわらず、公立の小中一貫校の場合、高等学校には接続されておらず、高校受験や進学手続き等は現行の公立中学校の制度と変わらない。なお、私立では12年一貫教育が行われているものの6-3-3制の学年区分に合わせた小・中・高の各組織に校長を置き、それぞれ入学者選抜(選考)、入学、卒業を行っている場合がほとんどである。
- 義務教育学校では一人の校長が9つの学年の校務を一人把握しなければならない。
- マンモス校化しやすい(先行の小中一貫校の中には全校児童生徒1500人の学校もある[13])。都市部の学校では顕著になる。施設一体型の小中一貫校がマンモス校化した場合でも、統廃合前の用地が処分されている場合、再び元の小学校、中学校に戻すことは困難になる。
- 施設一体型では学校統廃合が伴う。それに伴い学区が広域化することで通学距離が長くなる場合もある。18校の小学校、中学校が統廃合されて6校の小中一貫校になった地域の例もある(実質12校の廃校)[14]。
- 体育館、プール等の施設利用の調整が困難になる(活動の異なる9学年で調整しなければならない。プールは小中学生で水位が異なる。全校一斉に行う行事等の大規模化など)、中学生のクラブ活動(部活動)により小学生が放課後に体育館を使えない施設もある[15]。
- 小学生が中学生の悪影響を受けやすくなる恐れがある(暴力などの非行の低年齢化やいじめなど)。
- 小中学生が接触することにより感染症(インフルエンザ等)が小学生から受験期の中学生に感染しやすくなってしまう。また、指定感染症等による休校の場合、影響が9学年(小学1年生~中学3年生)に及んでしまう恐れがある。
- 制服のある小中一貫校では小学生と中学生で統一した制服や持ち物(バッグ等)をそろえなければならず、現行の小学校・中学校で用いられているような標準服等に比較してコストがかかる[16]。小学生段階から中学生に合わせた制服や持ち物に統一している小中一貫校も少なくない。中学生と同様に校則の書かれた児童手帳の携帯義務、小学低学年段階の児童にスカート丈を指定、斬新なデザインの制服、校章の入った指定品を着用させる、頭髪規定等の詳細な校則を適用している公立の小中一貫校もある。
- 判断力のまだない小学生に中学生と同じ校則を適用することで校則問題が潜在化し、小学生へのストレスが増加してしまう。
- 世間一般に「義務教育学校」という名称に馴染みがない。また、正式名称として「学園」のみ(「学校」という文言を含めない)の名称を用いると、一般に認識されている他の政策的施設(福祉施設、少年刑事施設等)と判別がしにくくなる。
- 私学の一貫校と競合している地域では、民業(私学)を圧迫する。
- 小学部から部活動がある場合の問題
- 地域のスポーツ少年団活動や習い事との調整が必要になる。
- 部活動選択の時期が早いと適性を見極める機会も早期化せざるを得ない。早期に始めたとしても、入学者選抜(スポーツ推薦等)も無く体力格差も大きい一般住民の児童が集まる公立の義務教育の学校では、圧倒的多数を占める平凡的な能力の児童への対応がメインとならざるを得ない。
- 小学生と中学生の実力の差は大きく、統一した活動は難しい。
- 小学高学年段階から入部する場合、最上級生になるのに4年かかり下積み期間が長くなる。適性と合わない部活動であっても辞めることが困難な場合、長期間我慢しなければならない。その一方で、最上級生は年齢も能力も異なる4学年分の下級生を含む部をまとめなければならず、受験期も重なって負担が大きくなる。
- 中学生の影響が大きいと、従来の中学生の悪しき部活動文化が小学生へ移行する(いわゆる「ブラック部活」の問題)。
- 小学生の部員に実力があったとしても中学生と一緒に大会に参加できない(参加資格がない、年齢制限)。
など
小中連携
小中連携とは、小学校および中学校が各々別個である「6・3制」を前提に、教育課程および制度をそのままにして、教育課程及び教育目標の共通部分に関し、協同する取り組みを行い、小学校と中学校の教職員の交流や連携を密にしていくことをいう[17]。
注釈
- ^ 「学習を前倒しで行っている学校に転入した場合にその教科が嫌いになる可能性」が指摘されている(『立法と調査』・2015. 8・No. 367「学校教育法改正に係る国会論議 - 小中一貫教育を行う義務教育学校の創設(文教科学委員会調査室)
- ^ なお、学年や年齢に特徴的にみられる問題は「中1ギャップ」に限らない。例えば「小1プロブレム」、思春期の特徴(反抗期、中二病)、大二病などもある。
- ^ 先行実施された小中一貫校の中には「一貫校であるのに中1で半数も転出」している例もある。(平成27年9月定例会 第6回・新潟県妙高市議会・定例会一般質問会議録より)
- ^ 現在、教員免許資格を取得することのできる大学等は?-文部科学省 を介して教員免許資格を取得できる大学の一覧を閲覧できる。なお、教育職員免許法の認定課程規定により免許を取得できる大学・学部・学科は決まっている。
- ^ 西洋教育史 による。このときに併せて中間学校(ミッテルシューレ)は実科学校に改称された。
出典
- ^ 文部科学省「学校教育法等の一部を改正する法律案の概要」
- ^ a b 『立法と調査』・2015. 8・No. 367「学校教育法改正に係る国会論議 - 小中一貫教育を行う義務教育学校の創設(文教科学委員会調査室) p.5
- ^ 平成27年7月30日 文部科学省初等中等教育局長 「小中一貫教育制度の導入に係る学校教育法等の一部を改正する法律について(通知) 2.留意事項、(2)義務教育学校の設置の在り方」より
- ^ 文部科学省「教育指標の国際比較」2013年版
- ^ a b c 平成24年7月13日中央教育審議会初等中等教育分科会・配付資料「義務教育学校制度(仮称)創設の是非について」
- ^ 「全国学力テストや特に学校選択制と結び付いたときにエリート校化する懸念はないのか。あるいは、義務教育学校がエリート校化して、選択制になって、そこにそういう人たちが集中していく、こうなると、義務教育、小学校、中学校の段階で学校間序列が付いたり格差ができたりする」との指摘もなされた。これに対し、下村文部科学大臣からは、「市町村立の義務教育学校は、小学校、中学校と同様に就学指定の対象とすることを予定しているため、入学者選抜は行われません。(以下略)」(『立法と調査』・2015. 8・No. 367「学校教育法改正に係る国会論議 - 小中一貫教育を行う義務教育学校の創設(文教科学委員会調査室))p.6
- ^ 学校段階間の連携・接続等に関する作業部会(第16回)「小中連携、一貫教育に関するこれまでの御意見について」(文部科学省)など
- ^ 「(先行実施した地域では)、小学校5、6年生の活動の場、いわゆる最上級生としてのリーダーシップの消失、(中略)など、多くの問題が指摘されております。」(平成27年9月定例会 第6回・新潟県妙高市議会・定例会一般質問会議録より)
- ^ (渡辺敦司「なぜ「小中一貫教育学校」創設を目指すのか・教育再生会議が提言」(2014年6月12・PAGE)
- ^ 改正「教育職員免許法」第3条
- ^ 「高学年においても一部交換授業等があっても学級担任制をベースとする方が、子どもを育てやすいと考えています。」「子ども自身や家庭が難しくなっている今こそ、学級担任がその多くの授業を受け持つべきだと考えています。」(大谷雅昭教諭「小学校の教科担任制」(教育総合研究所)より一部抜粋)
- ^ 「小中一貫教育では、小中の教員の会議が多くなり、負担が増すということが課題に」(2014年11月29日・京都新聞)
- ^ 平成27年6月16日 第189回国会・文教科学委員会第14号
- ^ 『立法と調査』・2015. 8・No. 367「学校教育法改正に係る国会論議 - 小中一貫教育を行う義務教育学校の創設(文教科学委員会調査室) p.6
- ^ 文部科学省施設企画課「小中一貫教育に適した学校施設の在り方について~子供たちの9年間の学びを支える施設環境の充実に向けて~」参考資料p.108
- ^ 佐貫浩『品川の学校で何が起こっているのか』花伝社 ・2010年
- ^ 小中連携、一貫教育に関するこれまでの主な御意見について のp.2による
- ^ 教育職員免許法第5条第1項別表第1並びに教育職員免許法施行規則の第3条、第4条及び第6条による。
- ^ 免許なしで授業、常態化 長野の小中一貫校、開校時から-朝日新聞2013年8月20日 による。
- ^ 樋口陽一・吉田善明編『解説世界憲法集 第3版』のp.232に条文が記載されている。
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