和紙
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/28 15:38 UTC 版)
和紙の多彩な用途
和紙は建具の他にも、扇子や紙衣、紙衾、紙布の主材料として使用された。和紙は本来、麻クズを原料として製紙された事から考えれば、和紙を衣料や寝具として利用する事も不思議ではないが、世界的に見て珍しい使用例である。
平安中期に和紙が大量生産された結果、一般に普及し、文房具以外にも利用されるようになった。丈夫な和紙は柿渋や寒天、コンニャクノリなどで加工すると更に丈夫となり、耐水性も向上する事から、傘や笠、合羽などの雨具にも利用された。
コウゾの屑を原料に用いた低級品も、ちり紙として様々な用途に用いられた。当初は和紙の束の包装紙として用いられたが、軟らかくてその目的に都合がいい事から、鼻紙、尻拭き紙として用いられた。
幕末から明治時代に来日した外国人は、鼻をかむのにハンカチのような再利用可能な物を用いず、紙を使い捨てにする日本人の慣習を贅沢視した。現在ではティッシュペーパーやトイレットペーパーに置き換えられている(現在でもティッシュペーパーをちり紙と呼ぶ例があるが、パルプを原料に作られるティッシュペーパーと、低級和紙であるちり紙は別物である)。
防水加工紙
紙に油を塗布して防水性を持たせる加工は、平安時代から始まっており、『和名類聚抄』に油単、油団の名が見られる。油単とは、一重の紙に油を引いた物で、主に敷物や包装用に使用される。油団とは、数枚の紙を貼り合わせて、荏油または柿渋を引いて、更に漆を塗布した物で光沢がある。
油紙用の油は、亜麻仁油・荏油・桐油などの乾性油を使用し、江戸時代には他の成分を加えた加工油を使用した。雨傘には荏油を使用した。
この傘用の防水紙は、「御から笠紙」や「傘紙」と呼ばれ、江戸時代初頭には紀伊の傘紙がよく流通し、需要が拡大するに従って各地でも製造されるようになり、紀伊の高野紙、大和吉野の宇陀紙、美濃の森下紙が傘紙として名を成した。また、蛇の目傘用の傘紙は、本染宇陀、阿波染と呼ばれ、阿波で大量に生産された。
文化財の補修
近年では、最も薄い和紙として知られる土佐典具帖紙が、古文書や絵画などの文化財の修復・補強に用いられており、国内はもとより海外の美術館や研究機関でも多用されている[14]。
注釈
- ^ 履中天皇の在位期間と西暦の換算については、履中天皇及び上古天皇の在位年と西暦対照表の一覧を参照。ここでは出典『和紙の源流』の記述に従っている。
- ^ 仏教伝来の時期についても諸説あり、538年説、552年説などがある。詳細は仏教公伝#公伝年代をめぐる諸説を参照。
出典
- ^ a b c d e 「和紙の未来を考える」『日本経済新聞』朝刊2021年5月16日9-11面
- ^ a b 「フキの和紙 味わい豊か/釧路市、販売再開/模様・手触りに個性、扇子にも」『日本経済新聞』夕刊2018年5月22日社会・スポーツ面掲載の共同通信記事。
- ^ “和紙について”. 株式会社モリサ. 2024年2月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年6月28日閲覧。
- ^ 紙の歴史:紙の基礎知識|紙を選ぶ|竹尾 TAKEO
- ^ a b c 『和紙の源流』p129
- ^ a b c d e f g 『和紙の源流』p131
- ^ 越前市公式HP 旧今立町 小学校社会科副読本 今立町の歴史年表p2。2014年11月9日閲覧。
- ^ “図書寮(改訂新版 世界大百科事典)”. コトバンク. DIGITALIO. 2023年1月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年6月28日閲覧。
- ^ “流漉(百科事典マイペディア)”. コトバンク. DIGITALIO. 2024年6月28日閲覧。
- ^ 『和紙つくりの歴史と技法』p118-120「武家社会にふさわしい杉原紙」
- ^ 『紙の文化事典』p224-226
- ^ 『和紙の源流』p158-159「武家社会の象徴といわれる杉原紙」
- ^ 湯川敏治「戦国期近衛家の家産経済の記録 -『雑事要録』『雑々記』について-」(初出:『史泉』57号(関西大学史学会、1982年12月)・所収:湯川『戦国期公家社会と荘園経済』(続群書類従完成会、2005年) ISBN 978-4-7971-0744-9 第2部第1章)
- ^ https://www.hidakawashi.com/jp/paper-TENGU/restoration/index.html
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