予防接種法 国際比較

予防接種法

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/02 04:28 UTC 版)

国際比較

国際的に比較すると、日本のワクチン新規導入は他の先進国より遅れていると指摘され、この状況は「ワクチン・ギャップ」とも呼ばれている[12][13]。たとえば、ムンプスワクチン(おたふくかぜ用ワクチン)が法定接種の対象に含まれていない先進国は、世界の中で日本ただ1国となっている(2011年時点の世界調査)[12]。日本におけるワクチン・ギャップの要因として、先述の副作用・健康被害への社会的な慎重配慮に加え、予防接種制度を検討する専門家委員会が、日本では常設されていなかったことが挙げられる[13]

2009年の新型インフルエンザ流行を受け、同年に予防接種部会が設置されたことから、後の予防接種法改正への提言につながっており、日本のワクチン・ギャップ改善の動きも見られる[13][27]。また、2008年ごろから日本でも導入ワクチンの種類が増加傾向にある[28]。ただし、2008年から2015年に日本で導入されたワクチンのうち、ロタウイルスワクチン[28]のように、予防接種法や関連法令に規定されていない任意接種のものも存在する[3][2][4]

米国との比較

予防接種に関するアメリカ合衆国の専門家委員会としては、予防接種諮問委員会英語版: Advisory Committee on Immunization Practices、ACIP)が中核的な役割を果たしている[29]。また、予防接種スケジュールはACIPの指針の下、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)が発表している。この他、小児科や産婦人科などの各種学会でも独自に推奨する予防接種スケジュールをそれぞれ発表しているが、これら学会の代表者がACIPの委員を構成しており、CDC発表スケジュールに反映されやすい連携体制となっている[30]。ACIPは政府機関の外に独立して存在しているものの[31]、ACIPでの決定事項はそのほとんどが、アメリカ合衆国連邦政府の施策に反映されている実績がある[32]

予防接種の対象ワクチンであるが、米国では乳幼児向けの混合ワクチンの導入が積極的に進められている特徴がある。混合ワクチンは接種される乳幼児の痛み回数軽減だけでなく、接種の過密なスケジュールの緩和による接種率の向上のほか、医師・看護師の業務量低減や在庫・単位コストの低減といった財政面でのメリットが知られている。

混合ワクチンのデメリットとしては、単独接種と比べて副作用の頻度が若干高まる点が実証されている。また、単独接種よりも免疫効果がやや劣るものの、感染防止の十分な効果が混合ワクチンでも担保されていることから、臨床的に問題とはなっていない[33]。1996年から2012年にかけて新たに承認された混合ワクチンを日米で比較すると、米国の方が種類が豊富かつ早期に承認されている[12]

欧州各国との比較

2018年現在、欧州では各国が個別に予防接種の法律を施行している状況である。欧州16か国を対象に行った調査によると、うち10か国は予防接種の履歴を電子管理あるいは政府が中央集中管理するシステムを整えている[34]

ドイツ
日本では予防接種法と感染症法が別個に存在しているが、ドイツでは感染症予防法の中で予防接種についても統合的に規定している[35]。この感染症予防法の第20条第2項に基づき、予防接種の常任専門委員会である: Ständige Impfkommission(略称: STIKO)がロベルト・コッホ研究所内に設置されている。
STIKOが予防接種の対象疾病が勧告されている。先述の通り、日本ではA類疾病(努力義務、集団感染予防)とB類疾病(努力義務なし、個人予防中心)で分類し、A類疾病は予防接種スケジュールが定められている。一方のドイツSTIKOでは、スケジュール化された「標準予防接種」と、蔓延状況や緊急性に応じて接種が勧告される「その他予防接種」に大きく分類している。2015年現在、前者の標準予防接種には15の疾病が規定されており、2020年1月現在の日本のA類疾病 14種類に含まれないものとしてロタウイルス感染症がある[36]。また、その他予防接種の分類には、日本の法定接種に含まれないものとして、コレラ、FSME(ダニによる脳髄膜炎)、黄熱病、A型肝炎、狂犬病、チフスがドイツでは規定されている[36]
予防接種の啓発や健康相談の観点では、2015年に健康増進・予防強化法案が提出されて成立している[37]。この改正法により、感染予防法だけでなく、社会保障関連をとりまとめた社会法典ドイツ語版: Sozialgesetzbuch、略称: SGB)[注 7]が改正され[37]、未就学児の予防接種に関し、専門家による健康相談サービスの提供が義務化されている[38]

注釈

  1. ^ a b 第1次改正: 1951年(昭和26年)、第2次改正: 1958年(昭和33年)、第3次改正: 1961年(昭和36年)、第4次改正: 1964年(昭和39年)、第5次改正: 2001年(平成13年)、第6次改正: 2013年(平成25年)。これら以外にも技術的改正が複数回発生している[1]
  2. ^ 内訳であるが、予防接種法 第2条にて、A類疾病が11、B類疾病が1[2]。内閣が制定する政令である予防接種法施行令の第1条にて、予防接種法とは別にA類疾病が3、B類疾病が1[4]
  3. ^ たとえば予防接種法 第4条第3項(個別予防接種推進指針)は、感染症法を法参照している[14]。予防接種法の前身としては種痘法(1909年制定・1948年廃止)が過去には存在したほか[15]伝染病予防法(1897年制定・1998年廃止)[16]結核予防法(1951年制定・2007年廃止)[17]といった関連法も予防接種法と一時期併存していた。伝染病予防法や結核予防法はその後、感染症法(1998年制定・現行法)に統合されている[1][18]
  4. ^ 予防接種法がA類疾病として規定している結核を例にとると、結核予防法が2007年に廃止され、その内容の多くが感染症法に統合されたものの、予防の観点のみ予防接種法に吸収される形で統廃合がなされた[18]
  5. ^ A類疾病のみ死亡一時金が、B類疾病のみ遺族年金又は遺族一時金が用いられ、その他はA類とB類共通[20]
  6. ^ 「予防接種禍事件」[22]とも呼ばれる。また、1991年(平成3年)4月19日の最高裁判決では二審の札幌高裁に差し戻す判決を下しており[23]、これを「予防接種禍集団訴訟」と呼ぶこともある[24]
  7. ^ 社会法典の内容については、正井章筰『ドイツの社会保障制度― 改革と現実―』(早法 86巻4号(2011))などが詳しい。

出典

  1. ^ a b c 予防接種法(昭和23年6月30日法律第68号)”. 日本法令索引. 国立国会図書館. 2020年2月9日閲覧。 “「成立年月日:昭和23年6月28日、公布年月日:昭和23年6月30日、効力:有効」”
  2. ^ a b c d e f 予防接種法(昭和二十三年法律第六十八号)第2条: 定義”. e-Gov法令検索. 総務省行政管理局 (2013年11月27日). 2020年2月10日閲覧。 “薬事法等の一部を改正する法律(平成25年11月27日法律第84号)に基づく予防接種法改正版を閲覧”
  3. ^ a b c d e f g 日本小児科学会 2018, p. 1.
  4. ^ a b c d e f g 予防接種法施行令(昭和二十三年政令第百九十七号)第1条: 政令で定めるA類疾病、第1条の2: 政令で定めるB類疾病、第1条の3: 市町村長が予防接種を行う疾病及びその対象者”. e-Gov法令検索. 総務省行政管理局 (2018年3月30日). 2019年10月29日閲覧。 “平成三十年政令第百六号改正、2018年4月1日施行分を閲覧”
  5. ^ a b c 日本小児科学会 2018, p. 2.
  6. ^ a b 予防接種とは?”. 公益社団法人 東京医師会. 2020年2月10日閲覧。
  7. ^ a b 予防接種健康被害救済制度”. 厚生労働省 (2019年10月1日). 2020年2月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年2月9日閲覧。
  8. ^ a b c d e f g PhRMA 2014, p. 14.
  9. ^ a b c 高木 1986, pp. 71–72.
  10. ^ PMRJ 2016, p. 284.
  11. ^ PhRMA 2014, pp. 15, 17.
  12. ^ a b c d e f g h i j k l 齋藤昭彦(新潟大学大学院医歯学総合研究科小児科学分野 教授) (2014-01-06). “過去・現在・未来で読み解く,日本の予防接種制度”. 週刊医学界新聞 (医学書院) (3058). https://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA03058_02. 
  13. ^ a b c d e PhRMA 2014, p. 17.
  14. ^ 予防接種法(昭和二十三年法律第六十八号)第4条: 個別予防接種推進指針”. e-Gov法令検索. 総務省行政管理局 (2013年11月27日). 2020年2月10日閲覧。 “薬事法等の一部を改正する法律(平成25年11月27日法律第84号)に基づく予防接種法改正版を閲覧”
  15. ^ a b 種痘法(明治42年4月14日法律第35号)”. 日本法令索引. 国立国会図書館. 2020年2月9日閲覧。 “「成立年月日:明治42年3月20日、公布年月日:明治42年4月14日、効力:効力なし、廃止:昭和23年6月30日法律第68号」”
  16. ^ a b 伝染病予防法(明治30年4月1日法律第36号)”. 日本法令索引. 国立国会図書館. 2020年2月9日閲覧。 “「成立年月日:明治30年3月24日、公布年月日:明治30年4月1日、効力:効力なし、廃止: 平成10年10月2日法律第114号」”
  17. ^ a b 結核予防法(昭和26年3月31日法律第96号)”. 日本法令索引. 国立国会図書館. 2020年2月9日閲覧。 “「成立年月日:昭和26年3月31日、公布年月日:昭和26年3月31日、効力:効力なし、廃止: 平成18年12月8日号外 法律第106号〔施行平成一九年四月一日〕 」”
  18. ^ a b 日本結核病学会用語辞典 2019, p. 126.
  19. ^ 予防接種法(昭和二十三年法律第六十八号)”. e-Gov法令検索. 総務省行政管理局 (2013年11月27日). 2020年2月10日閲覧。 “薬事法等の一部を改正する法律(平成25年11月27日法律第84号)に基づく予防接種法改正版を閲覧”
  20. ^ 予防接種法(昭和二十三年法律第六十八号)第16条: 給付の範囲”. e-Gov法令検索. 総務省行政管理局 (2013年11月27日). 2020年2月10日閲覧。 “薬事法等の一部を改正する法律(平成25年11月27日法律第84号)に基づく予防接種法改正版を閲覧”
  21. ^ 新型コロナウイルス感染症に係る臨時の予防接種実施要領” (PDF). 厚生労働省. 2021年2月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年5月17日閲覧。
  22. ^ 高木 1986, p. 71.
  23. ^ 検索結果詳細画面 | 最高裁判例 事件番号 昭和61(オ)1493、裁判年月日 平成3年4月19日、民集 第45巻4号367頁”. 日本国裁判所. 2020年2月12日閲覧。
  24. ^ IPSS 2015, p. 4.
  25. ^ PhRMA 2014, p. 15.
  26. ^ 菅谷 2002, pp. 9–10.
  27. ^ IPSS 2015, p. 6.
  28. ^ a b IPSS 2015, p. 13.
  29. ^ IPSS 2015, pp. 6, 10–11.
  30. ^ IPSS 2015, pp. 6, 8.
  31. ^ IPSS 2015, p. 11.
  32. ^ IPSS 2015, p. 17.
  33. ^ IPSS 2015, p. 9.
  34. ^ Sheikh et al. 2018, p. 4979.
  35. ^ IPSS 2015, p. 26.
  36. ^ a b IPSS 2015, pp. 26–27.
  37. ^ a b IPSS 2015, p. 29.
  38. ^ Sheikh et al. 2018, p. 4986.






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