予防接種法 歴史

予防接種法

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/02 04:28 UTC 版)

歴史

同法が制定された1948年(昭和23年)以前から、日本でも予防接種制度は運用されていた[12]。1849年には既に種痘接種を開始しており[12]、1909年(明治42年)には予防接種法の前身に該当する種痘法が制定されている[15]。また、予防接種とは別に伝染病予防法が1897年(明治30年)に制定され、1998年(平成10年)まで併存していたほか[16]結核予防法が1951年(昭和26年)に制定され、2007年(平成19年)に廃止されるまで併存していた[17][12]。予防接種法が制定された1948年当時は、対象疾患は12であり[12]、接種を怠った者は罰則が科される「義務接種」の方式であった[8]。その後、1950年代から60年代にかけて大型の改正が複数回実施され[注 1]、接種ワクチンの種類も増加している[12]。この結果、1960年代以降は罹患者数と死亡者数が減少していった[8]

副作用と国の責任

予防接種法に基づく予防接種の結果、副作用で健康被害が生じた者への給付を目的とした健康被害救済制度[7]が、1976年に制定されている[12]。たとえば、DPTワクチンジフテリア百日咳破傷風の3種混合ワクチン)が定期接種となったのが1968年であるが、1975年にはDPTワクチン接種後の死亡例が出ている。当死亡例によりDPTワクチン接種は激減し、4年後の1979年には年間1万3000人の疾病患者と20人以上の死者が報告され、予防接種の効果と副作用のリスクのジレンマ問題が表出した[12]

また、1992年には、通称「予防接種被害東京集団訴訟」[8][注 6]の控訴裁判決が出ている。本事件は、予防接種の副作用で26名が死亡、36名が後遺障害を受けたとして、国の安全配慮義務違反、賠償責任および損失保証責任が問われた事件である。予防接種を国が強要し、その結果として生じた損害を被害者やその保護者といった個人にのみ負わせる構造は、憲法違反ではないかとの主張がなされた[9]。これに対し東京高等裁判所の控訴裁判決は、国の安全配慮義務違反は否定しつつも、本来予防接種が適さない禁忌の患者に対して予防接種を実施していたことから、損失保証責任を認めた[9][8]。当判決から2年後の1994年には予防接種法が改正となり、義務接種から努力接種(国は勧奨するのみ)へと方向転換している[12]。これは国の責任から個々人の責任へと転換したことを意味し、家庭の経済状況や予防接種への基礎知識の欠如によって、接種率の低下へと結びついた[25]

法定接種対象の変遷

どの疾病を予防接種法および予防接種法施行令の法定接種対象とするかは、時代に合わせて改訂が行われている。1948年当初は腸チフスも法定接種に含まれていたが、腸チフスワクチン以外の予防手段が可能となったことから、1976年の改正で腸チフスなど4疾病が法定接種の対象から除外されている。その一方で、同改正によって麻しん、風しん、日本脳炎の3疾病が新たに追加されている[8]

また、高齢化社会に対応して、2001年に予防接種法は改正されており、これにより65歳以上の高齢者(および60歳以上65歳未満で特定の疾病を持つ者)は、一部公費負担によるインフルエンザワクチンの接種が可能となった。この改正の背景として、1998年 - 99年のシーズンに介護施設や入院病棟で、高齢者がインフルエンザに集団感染して死亡者が相次いだ社会問題がある。

1979年のインフルエンザワクチン予防接種率は67.9%であったものの、1994年に学童への接種が任意になったことから接種率が低下していき、1998年 - 99年当時は約2割にまで落ち込んでいたことが、感染蔓延の一要因である[13]。学童の集団免疫は、抵抗力の低い高齢者やハイリスク患者への拡大を抑止していたのではないか、と集団予防接種を再評価する専門家の意見もある[26]


注釈

  1. ^ a b 第1次改正: 1951年(昭和26年)、第2次改正: 1958年(昭和33年)、第3次改正: 1961年(昭和36年)、第4次改正: 1964年(昭和39年)、第5次改正: 2001年(平成13年)、第6次改正: 2013年(平成25年)。これら以外にも技術的改正が複数回発生している[1]
  2. ^ 内訳であるが、予防接種法 第2条にて、A類疾病が11、B類疾病が1[2]。内閣が制定する政令である予防接種法施行令の第1条にて、予防接種法とは別にA類疾病が3、B類疾病が1[4]
  3. ^ たとえば予防接種法 第4条第3項(個別予防接種推進指針)は、感染症法を法参照している[14]。予防接種法の前身としては種痘法(1909年制定・1948年廃止)が過去には存在したほか[15]伝染病予防法(1897年制定・1998年廃止)[16]結核予防法(1951年制定・2007年廃止)[17]といった関連法も予防接種法と一時期併存していた。伝染病予防法や結核予防法はその後、感染症法(1998年制定・現行法)に統合されている[1][18]
  4. ^ 予防接種法がA類疾病として規定している結核を例にとると、結核予防法が2007年に廃止され、その内容の多くが感染症法に統合されたものの、予防の観点のみ予防接種法に吸収される形で統廃合がなされた[18]
  5. ^ A類疾病のみ死亡一時金が、B類疾病のみ遺族年金又は遺族一時金が用いられ、その他はA類とB類共通[20]
  6. ^ 「予防接種禍事件」[22]とも呼ばれる。また、1991年(平成3年)4月19日の最高裁判決では二審の札幌高裁に差し戻す判決を下しており[23]、これを「予防接種禍集団訴訟」と呼ぶこともある[24]
  7. ^ 社会法典の内容については、正井章筰『ドイツの社会保障制度― 改革と現実―』(早法 86巻4号(2011))などが詳しい。

出典

  1. ^ a b c 予防接種法(昭和23年6月30日法律第68号)”. 日本法令索引. 国立国会図書館. 2020年2月9日閲覧。 “「成立年月日:昭和23年6月28日、公布年月日:昭和23年6月30日、効力:有効」”
  2. ^ a b c d e f 予防接種法(昭和二十三年法律第六十八号)第2条: 定義”. e-Gov法令検索. 総務省行政管理局 (2013年11月27日). 2020年2月10日閲覧。 “薬事法等の一部を改正する法律(平成25年11月27日法律第84号)に基づく予防接種法改正版を閲覧”
  3. ^ a b c d e f g 日本小児科学会 2018, p. 1.
  4. ^ a b c d e f g 予防接種法施行令(昭和二十三年政令第百九十七号)第1条: 政令で定めるA類疾病、第1条の2: 政令で定めるB類疾病、第1条の3: 市町村長が予防接種を行う疾病及びその対象者”. e-Gov法令検索. 総務省行政管理局 (2018年3月30日). 2019年10月29日閲覧。 “平成三十年政令第百六号改正、2018年4月1日施行分を閲覧”
  5. ^ a b c 日本小児科学会 2018, p. 2.
  6. ^ a b 予防接種とは?”. 公益社団法人 東京医師会. 2020年2月10日閲覧。
  7. ^ a b 予防接種健康被害救済制度”. 厚生労働省 (2019年10月1日). 2020年2月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年2月9日閲覧。
  8. ^ a b c d e f g PhRMA 2014, p. 14.
  9. ^ a b c 高木 1986, pp. 71–72.
  10. ^ PMRJ 2016, p. 284.
  11. ^ PhRMA 2014, pp. 15, 17.
  12. ^ a b c d e f g h i j k l 齋藤昭彦(新潟大学大学院医歯学総合研究科小児科学分野 教授) (2014-01-06). “過去・現在・未来で読み解く,日本の予防接種制度”. 週刊医学界新聞 (医学書院) (3058). https://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA03058_02. 
  13. ^ a b c d e PhRMA 2014, p. 17.
  14. ^ 予防接種法(昭和二十三年法律第六十八号)第4条: 個別予防接種推進指針”. e-Gov法令検索. 総務省行政管理局 (2013年11月27日). 2020年2月10日閲覧。 “薬事法等の一部を改正する法律(平成25年11月27日法律第84号)に基づく予防接種法改正版を閲覧”
  15. ^ a b 種痘法(明治42年4月14日法律第35号)”. 日本法令索引. 国立国会図書館. 2020年2月9日閲覧。 “「成立年月日:明治42年3月20日、公布年月日:明治42年4月14日、効力:効力なし、廃止:昭和23年6月30日法律第68号」”
  16. ^ a b 伝染病予防法(明治30年4月1日法律第36号)”. 日本法令索引. 国立国会図書館. 2020年2月9日閲覧。 “「成立年月日:明治30年3月24日、公布年月日:明治30年4月1日、効力:効力なし、廃止: 平成10年10月2日法律第114号」”
  17. ^ a b 結核予防法(昭和26年3月31日法律第96号)”. 日本法令索引. 国立国会図書館. 2020年2月9日閲覧。 “「成立年月日:昭和26年3月31日、公布年月日:昭和26年3月31日、効力:効力なし、廃止: 平成18年12月8日号外 法律第106号〔施行平成一九年四月一日〕 」”
  18. ^ a b 日本結核病学会用語辞典 2019, p. 126.
  19. ^ 予防接種法(昭和二十三年法律第六十八号)”. e-Gov法令検索. 総務省行政管理局 (2013年11月27日). 2020年2月10日閲覧。 “薬事法等の一部を改正する法律(平成25年11月27日法律第84号)に基づく予防接種法改正版を閲覧”
  20. ^ 予防接種法(昭和二十三年法律第六十八号)第16条: 給付の範囲”. e-Gov法令検索. 総務省行政管理局 (2013年11月27日). 2020年2月10日閲覧。 “薬事法等の一部を改正する法律(平成25年11月27日法律第84号)に基づく予防接種法改正版を閲覧”
  21. ^ 新型コロナウイルス感染症に係る臨時の予防接種実施要領” (PDF). 厚生労働省. 2021年2月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年5月17日閲覧。
  22. ^ 高木 1986, p. 71.
  23. ^ 検索結果詳細画面 | 最高裁判例 事件番号 昭和61(オ)1493、裁判年月日 平成3年4月19日、民集 第45巻4号367頁”. 日本国裁判所. 2020年2月12日閲覧。
  24. ^ IPSS 2015, p. 4.
  25. ^ PhRMA 2014, p. 15.
  26. ^ 菅谷 2002, pp. 9–10.
  27. ^ IPSS 2015, p. 6.
  28. ^ a b IPSS 2015, p. 13.
  29. ^ IPSS 2015, pp. 6, 10–11.
  30. ^ IPSS 2015, pp. 6, 8.
  31. ^ IPSS 2015, p. 11.
  32. ^ IPSS 2015, p. 17.
  33. ^ IPSS 2015, p. 9.
  34. ^ Sheikh et al. 2018, p. 4979.
  35. ^ IPSS 2015, p. 26.
  36. ^ a b IPSS 2015, pp. 26–27.
  37. ^ a b IPSS 2015, p. 29.
  38. ^ Sheikh et al. 2018, p. 4986.






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