U275 (潜水艦)とは? わかりやすく解説

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U275 (潜水艦)

(U275 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/03/08 01:52 UTC 版)

U-275
基本情報
建造所 ブレーマー・フルカン造船所、ブレーメン・ヴェゲザック
運用者  ドイツ国防軍海軍
艦種 潜水艦
級名 UボートVIIC型
艦歴
発注 1941年4月10日
起工 1941年1月18日
進水 1942年10月8日
就役 1942年11月25日
最期 1945年3月10日、機雷によりイギリス海峡で沈没[1]
要目
基準排水量 769t
水中排水量 871t
全長 67.1m(耐圧殻50.5m)
最大幅 6.2m(耐圧殻4.7m)
吃水 4.74m
高さ 9.6m
主機 ディーゼルエンジン2基
電源 電動モーター
電力 750PS
出力 2800 - 3200PS
推進 2軸
速力 水上17.7ノット、水中7.6ノット
航続距離 8500海里(水上10ノット)、80海里(潜航4ノット)
潜航深度 230m、圧壊深度250 - 295m
乗員 将校4名、士官40~56名
兵装 533mm魚雷発射管(前方4門、後方1門)、魚雷14またはTMA機雷26
8.8 cm SK C/35 艦載砲 1門
2cmC/30対空火器2機
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U-275第二次世界大戦中のナチス・ドイツ海軍VIIC型Uボートである。U-275は1941年1月18日にブレーメンのブレーマー・ヴルカン・フェゲザッカー造船所で建造番号40として起工された。1942年10月8日に進水し、11月25日にヘルムート・ボルク中尉の指揮下で就役した[1]

U-275は9回の哨戒で4,934総登録トンと1,090トンの船合計2隻を撃沈した。4つのウルフパックに参加した。

1945年3月10日、U-275は機雷によりイギリス海峡で沈没した。

艦歴

第8潜水隊群での訓練後、U-275は1943年6月1日に第3潜水隊群に移籍して作戦行動を開始した。1943年8月、U-275はドイツのキールとノルウェーのベルゲントロンハイムを往復する一連の短い航海を行った。

第1哨戒

1943年9月4日、U-275ベルゲンを出港して最初の哨戒を開始した。アイスランドとフェロー諸島の間の隙間を通過して大西洋に侵入した。アイスランドの南西でロッキード・ハドソン機の攻撃を受けたが、無傷であった。10月28日、占領下のフランスのラ・パリスに到着した。

第2哨戒

1943年11月から1944年4月にかけてU-275はラ・パリスとブレストの間で一連の短い襲撃を行った。これらの襲撃の中で、1943年12月24日にU-275はアメリカ駆逐艦リアリーを撃沈した。

1月3日、艦長が虫垂炎を発症したためU-275は基地への帰還を余儀なくされた。

第3、第4哨戒

第3哨戒は比較的短く、1944年5月20日にブレストを出港して23日に帰還した。

Dデイ(1944年6月6日)から間もない4回目の出撃中、エニグマ受信時に暗号解読により位置を特定され、イギリス空軍第541飛行隊に所属する単独の写真偵察機スピットファイアにその存在を確認され、6月14日にガーンジー島のセントピーターポート港に停泊中、イギリス空軍第263飛行隊所属のホーカー・タイフーン攻撃機8機以上から攻撃を受けた。U-275は無傷であったが、護衛船はそこまで幸運ではなかった[2]

第5哨戒

イギリス海峡の比較的浅い海域を通過中、U-275は航空機に発見され、対潜掃討部隊の追跡を受けた。その後追っ手を振り切るまで7時間追跡された。

状況は厳しくなり、潜望鏡を上げるたびに追跡を受けることとなっていた。1944年8月2日、ようやく比較的安全なブーローニュに到着した。

第6哨戒

U-275はノルウェー海域に戻ることとなった。U-275はイギリス諸島を「遠回り」して西へ航海した。1944年9月18日、ベルゲンに到着する手前で合計8機のデ・ハビランド・モスキートから攻撃を受けた。2機はツェツェ6ポンド砲で武装しており、もう4機は爆雷を装備しており(全て第248飛行隊所属)、残りの2機は235飛行隊に所属する護衛であった。

U-275はわずか水深9m(30フィート)の海底に着底した。半分潜水状態で機銃掃射と爆撃を受けた。しかし、U-275は幸運であった。航空機の砲塔1門が詰まり、爆弾2発の投下に失敗した。また、沿岸砲も航空機を砲撃したため、航空機はその場を去った。損傷したU-275はその後目的地へ向かった。

第7、第8哨戒

これらの2回の哨戒で比較的大きな事件は起こらず、U-275はフランス大西洋岸へ帰還し、1945年2月10日にサン・ナゼールにドック入りした。

第9哨戒と沈没

1945年2月25日、サン・ナゼールを出港したU-275はもう一度イギリス海峡へ向かった。3月8日、フェカンプの北西でロナストンを撃沈した。10日、ビーチー岬沖で触雷し、沈没した。

ウルフパック

U-275は4つのウルフパックに参加した。

  • ロイテン (1943年9月15日~24日)
  • ロスバッハ (1943年9月24日~10月9日)
  • ボルクム (1943年12月18日~1944年1月3日)
  • ドラゴネール (1944年5月21日~22日)

戦果一覧

日付 船名 国籍 総トン数[Note 1] 結果[3]
1943年12月24日 リアリー  アメリカ海軍 1,090 沈没
1945年3月8日 ロナストン  イギリス 4,934 沈没

歴代艦長

  • ヘルムート・ボルク中尉 (1942年11月25日~1944年7月)
  • ヘルムート・ヴェアカンプ中尉 (1944年7月~1945年3月10日)

脚注

注釈

  1. ^ 商船は総登録トン、軍艦は排水量で記載

出典

  1. ^ a b Helgason, Guðmundur. “The Type VIIC boat U-275”. German U-boats of WWII - uboat.net. 2012年8月2日閲覧。
  2. ^ Channel Islands Occupation Review No 36. Channel Island Art & Books. (May 2008). p. 115 
  3. ^ Helgason, Guðmundur. “Ships hit by U-275”. German U-boats of WWII - uboat.net. 2014年12月26日閲覧。

参考文献

外部リンク

  • Helgason, Guðmundur. “The Type VIIC boat U-275”. German U-boats of WWII - uboat.net. 2014年12月26日閲覧。
  • Hofmann, Markus. “U 275” (ドイツ語). Deutsche U-Boote 1935-1945 - u-boot-archiv.de. 2014年12月26日閲覧。

座標: 北緯50度36分 東経0度04分 / 北緯50.600度 東経0.067度 / 50.600; 0.067




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