シュルホフ, エルヴィーン
歴史に殺された作曲家として、或いは優れたジャズピアニストとして認知されていた以前と比べると、現代のシュルホフ像というものは、徐々にリアルタイムのそれに近づいてきたように思える。とはいっても、シュルホフに向けられたこのふたつの評価は確かに誤りではなく、むしろ彼という作曲家像の中でも大きな要素を含んでいる。
1894年に生まれるということは、20歳という年齢で第一次世界大戦を経験し(実際に戦場へ赴きもした)、40代というひとりの成熟した人間として新たな大戦と向き合わなければならなかったことを意味した。そしてチェコに生まれ、ドイツ系ユダヤ人であるということは、ある時は国内の支配者層として、またある時はホロコーストの対象として民族間の争いを生きるということを意味した。そして事実、シュルホフは終戦を待たずして収容所で息を引き取り、「退廃音楽」の烙印を押された彼の音楽もまた、共産圏という名の収容所に永い間閉じ込められることになる。
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