ジョン・ガビンズ
(John Harington Gubbins から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/13 03:57 UTC 版)
ジョン・ハリントン・ガビンズ(John Harington Gubbins、1852年1月24日 - 1929年2月23日)は、イギリスの外交官、学者。日本の英国公使館・領事館に長く勤務した。
- ^ a b c d e Gubbins & SOEPeter Wilkinson, Joan Astley, Pen and Sword, Nov 8, 2010
- ^ 同時に3人の通訳生が来日しているが、来日1年後の進捗を、アーネスト・サトウは「ガビンズはものになりそうです」と評している(萩原 9、pg339。原資料はサトウからウィリアム・アストンへの私信)。
- ^ 1874年(明治7年)の8月に、ガビンズら3人の通訳生はサトウによる昇進試験を受けたが、合格したのはガビンズのみであった(1660点満点で1343点)。即日上級通訳生に昇進し、さらに8ヶ月後に2等補佐官に昇進した(萩原 11、pg160-163。原資料は1874年10月28日付けのハリー・パークス公使からダービー外相への報告および付属のサトウの覚書)
- ^ 青木の秘書は、かつて駐日英国公使館の通訳であったアレクサンダー・フォン・シーボルトであった。但し、ガビンズが来日した時点では、シーボルトはすでに公使館を退職し、日本政府に雇用されていた。
- ^ McVean Diary 1873-75、McVean Archives (National Library of Scotland).
- ^ Photo Collection, McVean Archives (National Library of Scotland).
- ^ 泉田英雄「実務派お雇い技術者のスコットランド・コネクション再考 : 技術実務に関わったアレクサンダー・コーワンの縁者たち」(国際シンポジウム論文集「東アジアの都市環境文化資源をいかに継承するか」pp.144-150, 2009年)
- ^ 佐藤大祐・斎藤功「明治・大正期の軽井沢における高原避暑地の形成と別荘所有者の変遷」(歴史地理学 46-3(219) pp.1-20 2004.6)p.7
- 1 ジョン・ガビンズとは
- 2 ジョン・ガビンズの概要
- 3 著述
「John Harington Gubbins」の例文・使い方・用例・文例
- John AbrahamsとTina Linがアンケートデータの収集担当で、この作業は5 月5 日までに終わるでしょう。
- 今日は、皆さんをJohn Driscoll展にご案内する予定で、この展覧会は当美術館の30周年を記念して行われているものです。
- John Smith という名の英国人だ
- そんな英語を使うと Johnson が泣く
- 限定属格の例として、『John's mother(ジョンの母親)』における『John's(ジョンの)』がある
- 『John and Mary(ジョンとメアリー)』または『John walked and Mary rode(ジョンは歩き、そして、メアリーは乗り物に乗った)』における『and』、等位接続詞である;そして、『will you go or stay?(行くか、いてもらえますか?)』における『or』もそうである
- 『who visits frequently(その人はしばしば訪れる)』は、『John, who visits frequently, is ill(しばしば訪れるジョンは病気である)』の文の関係節である
- John Harington Gubbinsのページへのリンク