1976年 33歳 「心象風景 マインドスケープ」制作
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「ジャック・ドゥルーアン」の記事における「1976年 33歳 「心象風景 マインドスケープ」制作」の解説
画家が絵の中に足を踏み入れ自身の心象風景に出会っていく物語で、 ピンスクリーンアニメーションの代表作である。マインドスケープの映像の中の主人公の画家が描いている絵(または風景)は、画家グラント・ウッドの作品から影響を受けている。これはグラント・ウッドの絵に描かれている谷の曲線がグラフィックデザインとして適しており、ピンスクリーンで描きやすかったためである。 ジャックは、現実と想像を融合させた無言語の映画を構想していた。 「ソール・スタインバーグの絵が本当に好きだった。彼が描いた頭に指紋を付けたアーティストの絵が印象に残っている。また、当時カール・ユングにも興味があった。私はそこから影響を受け、ストーリーボード用の絵を25枚描いた。物語は、主人公の画家が絵の中に入り、そして最終的に彼がそこから出ることだけを決めていた。 音のリズムや、絵から別の絵へどのようにトランスさせるかは決めてなかった。 それから私は9分の映画を作ろうと計画し、それを作るのに9ヶ月かかるだろうと思った。しかし結局、その2倍の時間がかかった。各フレームの制作にどれくらいの時間が必要か、私は本当に知らなかった。そのため私は精度よりも直観に頼って即興で描いた。その結果、映画の長さが7分になり、それ以上は撮影しなかった。 」
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