雨の宮1・2号墳を取り巻く歴史的環境
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/05/07 03:12 UTC 版)
「雨の宮古墳群」の記事における「雨の宮1・2号墳を取り巻く歴史的環境」の解説
1号墳と2号墳とは墳形が前方後方墳と前方後円墳との違いはあるが、全長、墳頂平坦面、前方部平坦面、段築の位置、前方部の開きなど類似性が強く、同じ設計規格よるものと考えられている。 また2号墳は、畿内の大型古墳である奈良市佐紀石塚山古墳との間に1:3、奈良市五社神古墳との間に1:4といった整数比で相似関係がある可能性が指摘されている。 また2号墳は、同じ能登の古墳でも、七尾市温井15号墳(6世紀初頭)との間に、年代を越えて4:1の相似関係がある可能性が指摘されている。 一方、邑知潟地溝帯を挟んで、雨の宮古墳群と対峙する位置にある中能登町小田中の親王塚古墳(径67mの円墳)、亀塚古墳(全長61mの前方後方墳)は、雨の宮1・2号墳と築造時期が近いと考えられること、同じく円系と方系の古墳が対になった構成であることから、古くより比較検討の対象とされている。
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