隠密行動・灯火管制
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/08 08:52 UTC 版)
夜陰に紛れて作戦行動を行うため、自軍の動きを敵に悟られにくいように、無灯火に近い形で行動をすることがある。厳島の戦いでは、毛利元就の軍勢の夜間移動(厳島への渡航から山越え行軍)でかがり火(松明)を掲げることを禁じ、翌朝の奇襲を成功させている。上泉信綱伝の『訓閲集』(大江家兵法書を戦国風に改めた兵書)の「夜戦」の項目においても、「鉄砲火縄、光りて好まれず」とあり、火縄が燃焼するわずかな光ですら好まれなかった。日本陸軍の歩兵操典等の教範では、夜間に音響・音声を発しないことが求められ、さらに突撃に際しても、昼間とは異なり喚声を発しないこととされた。 小火器など小型の銃器ではフラッシュサプレッサーといった消炎装置が用いられている。 現在でも、夜間に作戦行動をとる部隊の車両には、照明にカバーを付けたり、下向きにすることで灯火管制を行う。近年では、赤外線を使った暗視装置への対策(赤外線ステルス)も進められており、日本の陸上自衛隊の10式戦車の車両構造は赤外線対策のため最適化され、赤外線ステルス性が向上しているとされる。
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