詩人シェミェンスキによる伝説
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「ユラテとカスティティス」の記事における「詩人シェミェンスキによる伝説」の解説
ポーランドの詩人ルツィヤン・シェミェンスキ(ポーランド語版)(1809年 - 1877年)は、ポーランドや近隣国の伝説を収録した『ポーランド、ロシア、リトワニアの伝承と伝説 (波: Podania i legendy polskie, ruskie i litewskie)』を出版している。ポーランドのバルト海沿岸のカシュブィ(英語版)にも伝わるこの伝説も、「バルト海の女王 (波: Królowa Baltyku)」の題名で収められている。 シェミェンスキの記したところでは、バルト海の女王であるユラタ(ユラテ)は、空と大地と海を支配する神プラアムジマス (Praamżimas) の娘であった。漁師カスティリス(カスティティス)を罰するべく彼の前に姿を現したユラタだったが、お互いに相手の美しさに惹かれた。ユラタはある山にカスティリスの名に由来するカスティティという名前をつけると、毎晩のように海辺から現れ、その山でカスティリスと共に過ごした。1年後、ペルクン(ペルクナス)がこの事を知って激怒し、海の宮殿に戻ったユラタへ向けて稲妻を放った。稲妻は琥珀の宮殿を破壊し、ユラタの命も奪った。さらに、プラアムジマスがカスティリスを捕らえて海底の岩に拘束し、ユラタの遺体を間近に見ながら嘆き続ける定めを負わせた。人々は、海からのカスティリスの嘆きの声を聞くことができる。また、海岸に打ち上げられる琥珀とは宮殿の破片であるという。
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