許渾とは? わかりやすく解説

きょ‐こん【許渾】

読み方:きょこん

中国、唐の政治家詩人丹陽江蘇省)の人。字(あざな)は仲晦(ちゅうかい)・用晦(ようかい)。監察御史・虞部(ぐぶ)員外郎・刺史などを歴任登楼懐古の作が多く、特に七言律詩すぐれた生没年未詳


許渾

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/04/24 07:18 UTC 版)

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許 渾(きょ こん、生没年不詳)は、中国の詩人。は用晦。潤州丹陽県の出身。本貫定州高陽県宰相許圉師の六世の孫にあたる。

略歴

文宗大和6年(832年)、進士に及第、当塗県太平県の県令、監察御史などを歴任したが、病弱のため免職された。その間、郷里に在任したことがあり、そこの丁卯澗(ていぼうかん)に土地を買っておき、晩年は引退して引きこもった。

今日、『丁卯集』2巻が残っている。

詩人としての彼

許渾の作品に、『秋思』(七言絶句)がある。

秋思
琪樹西風枕簟秋 琪樹(きじゅ)の西風 枕簟(ちんてん)秋なり
楚雲湘水憶同遊 楚雲(そうん) 湘水(しょうすい) 同遊(どうゆう)を憶(おも)う
高歌一曲掩明鏡 高歌(こうか)一曲 明鏡を掩(おお)う
昨日少年今白頭 昨日の少年 今は白頭

故事成語

「山雨来たらんと欲して風楼に満つ」

許渾の「咸陽城東楼詩」の「渓雲初起日沈閣、山雨欲来風満楼」から。山雨が降り出そうとする前にまず風が高楼に吹きつけてくる。転じて、今にも大事件が起こりそうな、穏やかでない雰囲気が立ちこめている状態のたとえ。

当時は唐王朝の衰退期にあたり、将来を心配する気持ちの現れと見られている[1]

脚注

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参考文献




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