菅野 智
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/09/25 07:10 UTC 版)
読売ジャイアンツ #17 | |
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基本情報 | |
国籍 | ![]() |
出身地 | 神奈川県相模原市 |
生年月日 | 1989年10月11日(21歳) |
身長 体重 |
185cm 82kg |
選手情報 | |
投球・打席 | 右投右打 |
ポジション | 投手 |
経歴(括弧内は在籍年) | |
この表について
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菅野 智之(すがの ともゆき、1989年10月11日 - )は、神奈川県相模原市出身の東海大学野球部に所属する野球選手(投手)。東海大相模高校卒。
母方の祖父は、元東海大相模高校野球部監督の原貢。現巨人監督の原辰徳は伯父(菅野の母親が辰徳の妹)。
経歴
小学校1年時に伯父・辰徳の引退試合を観戦したことがきっかけで本格的に野球を始める。軟式の少年野球クラブに所属し、当時から投手を務めた。中学時代は3年夏に県大会優勝。関東大会でもベスト8に進出した。
東海大学付属相模高等学校進学後は2年秋から主戦として活躍。最速148km/hを記録するなどプロからも注目を集めたが、甲子園出場はなかった。3年次の夏の神奈川大会準決勝(対横浜高等学校戦)にて、振り逃げ3ランを記録している。
東海大学へ進学後は1年秋から主戦を任され、2年春から4季連続で首都大学リーグの優秀投手を受賞。2年時には第37回日米大学野球選手権大会日本代表と第25回アジア野球選手権大会日本代表に選出され、U-26 NPB選抜 対 大学日本代表にも出場。3年春の全日本大学野球選手権大会では準々決勝の同志社大学戦で7回参考記録ながらノーヒットノーランを達成し、準決勝の慶應大学戦では最速155km/hを記録し4安打17奪三振の好投で完封勝利を挙げたが、決勝で敗退。夏の第5回世界大学野球選手権大会では予選リーグのキューバ戦で自己最速となる157km/hを記録した。
プレースタイル
最速157km/hのクセのある速球(フォーシーム、ツーシーム)と切れ味鋭いカットボールを武器にし、他にも縦横2種類のスライダーや球速の違う2種類のカーブ、フォークを投げ分ける[1]。
また、大学3年次には春季・秋季ともに与四球率0点台を記録するなど制球力も高い。
脚注
- ^ 『アマチュア野球 vol.30』 日刊スポーツ出版社、2010年、8-11頁。ISBN 978-4-8172-5509-9。
「菅野 智」の例文・使い方・用例・文例
- 自然の叡智
- マレーシアは常夏だが、日本の夏とも聞こうg阿智がう
- 美智子はまるで北極に行って来たような口ぶりだ。
- 美智子はまるで自分自身が北極へ行って来たかのような口ぶりだ。
- 智子は友人に彼女のパーティーに来てくれるよう頼んだ。
- 智子はイソイソと出掛けていった。
- 智子が貸してくれた漫画の本は少しも面白くなかった。
- もしもし、日本から来た佐藤智子です。
- 頓智(とんち)[知恵]比べ.
- 見事な頓智(とんち).
- 気転, 頓智(とんち).
- エマが才智にたけて活発だったのに対してフロレンスは感性豊かで繊細だった.
- 彼は長男を祖父の名にちなんで智彦と命名した.
- 笠智衆は映画俳優としての経歴をエキストラから始めた.
- 智慧の環
- 彼は人に将たるものに必要な智勇を欠いている
- 腹にあって口に出せぬ智慧
- 智慧を得る
- 智者は一を聞いて十を知る
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