しぜん‐どくせん【自然独占】
自然独占
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/08/02 14:45 UTC 版)
自然独占(しぜんどくせん、natural monopoly)とは、高いインフラコストやその他の参入障壁が市場規模に対して大きいことにより、産業内の最大供給者(しばしば市場における最初の供給者)が潜在的な競争相手に対して圧倒的な優位性を持つ独占のことである。
初期投資などの固定費用が大きく、生産が規模の経済を持つとき、長期平均費用曲線が右下がりになる。このような産業では、複数の企業で需要を共有した場合には固定費用がそれぞれの企業で必要となるため非効率的となり、1つの企業が需要を独占した方が総費用が小さく効率的な生産となる。平均費用曲線が右下がりのところで需給均衡が実現するような産業では、平均費用が常に限界費用を上回っているため、市場競争に基づいて限界費用と一致するように価格が決定すると参入企業は赤字となる。そのため、参入は抑制されることになり、結果として自然に独占が発生する。上述の赤字以上に、その産業が存在することによる社会全体の利益が大きい場合には、1社による独占を許可しつつ、政府が価格規制を行うことが最適となる。
初期投資が莫大な鉄道会社(特に赤字路線の多いJR北海道)や電力会社、郵便(日本郵便)が自然独占の代表的な例である。水道事業や通信などの公益事業も自然独占の例として挙げられる[1]。自然独占は19世紀には潜在的な市場の失敗の源として認識されており、ジョン・スチュアート・ミルは公益のための政府規制を提唱した。
自然独占は不特定の1社に独占させる根拠となるが、特定の事業者を認可する根拠とはならない。また、事業本来の採算性を裏づけることが難しい。例えば原子力発電事業の場合は、電力の安定供給やエネルギー安全保障に関わるため、日英で自然独占の様相を呈しながら(寡占に近い)、差額決済契約や総括原価方式によりかかる費用が全需要家へ電気料金として転嫁されてきた。(※なお、このことは原子力発電が経済性を欠くという意味ではないので注意を要する。)
このほか、水道事業や郵便事業等、効用が高く代替の限られるものは需要家もある程度赤字の転嫁を許容する。
定義
ミクロ経済学においては、限界費用と固定費という2種類の費用が重要である。限界費用は1人の顧客に追加的にサービスを提供するための費用である。自然独占ではない産業(大多数の産業)では、限界費用は規模の経済により低下した後、企業が成長に伴う問題(従業員の過労、官僚制、非効率など)に直面すると増加する。同様に、製品の平均費用も減少と増加を繰り返す。一方、自然独占は非常に異なる費用構造を持つ。自然独占では、生産量に依存しない高い固定費が存在する一方で、1つの財を追加的に生産する限界費用はおおむね一定で小さい。
自然独占には主に2つの理由があると考えられている。1つは規模の経済であり、もう1つは範囲の経済である。

すべての産業には参入コストが存在する。多くの場合、これらのコストの大部分は投資に必要なものである。公益事業のような大規模産業には膨大な初期投資が必要となる。この参入障壁は、企業の収益性に関係なく、産業への潜在的参入者の数を減らす。企業の生産費用は技術やその他の要因の影響を除けば固定ではなく、同じ条件下でも生産量が増加すると1単位当たりの生産費用は低下する傾向にある。これは、企業が拡大するにつれて元々の固定費が徐々に希釈されるためである。特に固定費投資が大きい企業で顕著である。自然独占は、産業内の最大の供給者(しばしば市場の最初の供給者)が他の競争者に対して圧倒的な費用優位性を持つ場合に発生する。これは固定費が支配的な産業に見られ、水道や電力サービスがその典型例である。競合する送電網の建設固定費が非常に高く、既存事業者の送電限界費用が非常に低いため、事実上潜在的な競争者の参入を阻む、克服困難な参入障壁として機能する。
高い固定費を持つ企業は、投資回収のために多数の顧客を必要とする。ここで規模の経済が重要となる。企業は大きな初期コストを負担するため、市場シェアを獲得して生産量を増やすことで固定費(初期投資額)をより多くの顧客で分担できる。このため、大規模な初期投資を必要とする産業では、平均総費用は広い生産量の範囲で減少する。
実際には、企業は単一の財やサービスを提供するだけでなく、事業を多角化することが多い。もし1つの企業が複数の製品を持つことで、複数企業がそれぞれ別々に生産する場合よりもコストが低くなるなら、これは範囲の経済を意味する。特定の製品を単独で生産する企業の単位製品価格が、共同生産する企業の対応する単位製品価格よりも高い場合、それらの企業は損失を出す。このような企業は生産から撤退するか、合併して独占を形成することになる。このため、著名なアメリカの経済学者サミュエルソンとノードハウスは、範囲の経済も自然独占を生む可能性があると指摘している。
規模の経済を利用する企業はしばしば官僚制の問題に直面する。これらの要因が相互作用して、企業の生産平均費用が最小となる「理想的な」規模が決まる。この理想規模が市場全体を供給できるほど大きい場合、その市場は自然独占となる。
大企業は規模の経済の法則に従って、より低い平均費用を持つため競争上の優位性があり、この知識により他の企業は参入を試みず、結果として寡占や独占が発生する。
形式的定義
ウィリアム・ボーモル(1977)は、自然独占の現在の形式的定義を提示している[2]。彼は自然独占を「複数企業での生産よりも独占による生産の方がコストが低い産業」と定義した(p. 810)。ボーモルはこの定義を数学的概念である劣加法性(特に費用関数の劣加法性)と関連付けた。また、単一製品を生産する企業については、規模の経済が劣加法性を証明するのに十分な条件であるが、必要条件ではないと指摘した。以下の命題で示される:
命題:厳密な規模の経済は、レイ平均費用が厳密に減少するための十分条件である[3]。
命題:厳密に減少するレイ平均費用は厳密なレイ劣加法性を意味する。
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