竹島での朝鮮人との遭遇に始まる領有権の交渉とは? わかりやすく解説

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竹島(鬱陵島)での朝鮮人との遭遇に始まる領有権の交渉

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/07 05:45 UTC 版)

竹島一件」の記事における「竹島鬱陵島)での朝鮮人との遭遇に始まる領有権交渉」の解説

鳥取県大谷家に伝わる「竹嶋渡海由来抜書控」によると、1618年元和4年伯耆米子(現・鳥取県米子市)の商人大谷村川両家幕府より竹島鬱陵島渡海免許受けていた。鳥取藩池田家将軍家親戚であったため、将軍家の紋を使用できた。そのための紋を打ち出した船印をたて、いわば同島の独占的経営幕府公認行っていた。 大谷甚吉村川市兵衛らは交代毎年同島に赴いてアシカ等の漁猟木竹伐採などを行い幕府献上していた。松島竹島鬱陵島)への寄港地漁労地として利用されていた。また、遅くとも1661年には、両家幕府から松島へも交代渡海することを承認されており、鳥取藩毎年渡海にあたっては、米や鉄砲貸付をしていた。(名古屋大学教授池内敏は、両家1620年代受けたと見られる竹島渡海免許1年一度ずつ更新しなければならないのであるとし、始めのものをそのまま使用した不法な竹島への渡海を約70年続けていたとしている。)

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