福田喜重とは? わかりやすく解説

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福田喜重

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/01/10 17:18 UTC 版)

福田 喜重(ふくだ きじゅう、1932年9月26日 - 2022年12月16日)は、日本の刺繡家[1]重要無形文化財保持者。刺繡では唯一人の人間国宝である[2]

人物

京都市生まれ[3]。京都市立第一工業学校(現・京都市立京都工学院高等学校)卒業[4]。父である刺繡家福田喜三郎に1948年から師事。父からの厳しい指導によって本格的伝統技法を習得した。刺繡作品は主に和服。一越縮緬綸子地などの生地を使用し、意匠では自然物を流動的に表現し、色糸による刺繡で微妙なグラデーションや細かい作業によって繊細で流れるような曲線を描く。そのため、作品は平坦にならず、奥行きを感じさせ絵柄になる[2]。1976年に日本工芸会日本伝統工芸展に初入選、以降受賞を重ねる[5]。刺繡業福田商店の経営を1956年に父から引き継ぎ、1970年に福田工芸染繡研究所に社名変更、1991年に株式会社福田喜を設立して代表取締役を務める[5][6]

2022年12月16日、老衰のため死去[7]。90歳没。

受賞歴

脚注

  1. ^ 『現代名工・職人人名事典』日外アソシエーツ、1990年、309頁。ISBN 978-4816909207 
  2. ^ a b c 『人間国宝事典』芸艸堂、2009年、133頁。ISBN 978-4753802456 
  3. ^ a b c d 時計塔80年記念 傘寿 福田喜重展 銀座和光 2018年7月22日閲覧。
  4. ^ 『読売年鑑 2016年版』(読売新聞東京本社、2016年)p.490
  5. ^ a b c d e f g h 福田工芸染繡研究所の歩み 福田工芸染繡研究所 2018年7月22日閲覧。
  6. ^ 会社案内 福田喜 2018年7月22日閲覧。
  7. ^ a b “福田喜重氏が死去 染織工芸作家、人間国宝”. 日本経済新聞. 共同通信社. (2022年12月23日). https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE232JB0T21C22A2000000/ 2022年12月23日閲覧。 

参考文献

外部リンク




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