石黒靖尋とは? わかりやすく解説

石黒靖尋

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/04/27 05:08 UTC 版)

石黒靖尋(いしぐろやすひろ、1936年(昭和11年)9月15日 - 2011年(平成23年)1月13日[1])は、大手ホームセンターホーマック」の創業者で、元会長。DCMホールディングス代表取締役相談役

人物

ホーマックの前身企業の創業者の出自。

同社社長を経て、いったんは会長・相談役に退いたが、DJグループ(現DCMグループ)入りで、当時の前田勝敏ホーマック会長兼社長がDJHDの社長就任とその後のインサイダー問題による引責辞職に伴い、同社の代表権のない会長に復帰した上、取締役相談役として名を連ねていたDJHDでも相談役の肩書きのまま代表権を付与されていた。

2011年(平成23年)3月1日付でホーマック取締役相談役に再び退き、柴田憲次社長が代表権のない会長に勇退し、子息であるホーマック副社長(兼DCM取締役)石黒靖規の社長昇格発表直後に死去した。

略歴

  • 1955年(昭和30年)北海道釧路江南高等学校卒業
  • 1959年(昭和34年)
  • 1962年(昭和37年)4月 - 同社取締役に就任
  • 1968年(昭和43年)5月 - 同社社長に就任
  • 1976年(昭和51年) - ホーマックのもととなるホームセンター「石黒ホーマ」を設立。釧路市に第1号店(現ホーマック中園店)を開店
  • 1987年(昭和62年) - 社名を「石黒商店」から「石黒ホーマ」に変更
  • 1995年(平成7年) - 東北地方の「メガマート」と「メイク」を統合。社名を現在の「ホーマック」に変更。ホーマック代表取締役社長就任
  • 1999年(平成11年) - ホーマック代表取締役会長
  • 2000年(平成12年) - ホーマック取締役会長
  • 2005年(平成17年) - ホーマック取締役相談役
  • 2006年(平成18年) - DCM Japanホールディングス取締役相談役
  • 2007年(平成19年)
    • 6月 - DCM Japanホールディングス代表取締役相談役
    • 7月 - ホーマック取締役会長
  • 2011年(平成23年)
    • 1月11日 - 3月1日付で、ホーマックの取締役相談役就任を発表
    • 1月13日午後8時57分、多臓器不全のため死去。享年74[1]

脚注





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