直観による論証
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/04 16:59 UTC 版)
非両立主義の伝統的な論拠は、デネット流に言えば、次のような直観ポンプ(intuition pump)に基礎付けられている。もし人間が彼の行為の選択において決定されているとすれば、彼は、その振舞を決められているその他の機械的存在と似たことになるはずである。つまり、仮に人間の振舞が因果的に決定されているならば、そのときには彼は、風見鶏、ビリヤードの球、人形あるいはロボットよりも洗練された存在ではないはずである。これらの物は自由意志を有していないので、もし決定論が正しいとすれば、人間も自由意志を有していないはずである。要するに、このような非両立主義は、人間以外の事物には自由意志がないという直観から出発し、人間と事物の類似性から、決定論と自由意志との両立を否定する。言い換えれば、決定論が正しいときには、人間は人間以外の事物と似通っており、そして人間以外の事物は自由意志を有していないので、人間もまた自由意志を有していないと考えられる。このような論拠は、例えばデネットのように、たとえ人間がその他の事物と何らかの要素を共有しているとしても、だからといって人間とそれらの事物との間に重要な差異がないということにはならないという理由で、両立主義から拒絶されている。また、人間と事物は類似しているがゆえに事物にも自由意志があるという反対の推論がなぜ認められないのかというアニミズム的な疑問も残る。
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