田中新兵衛の登場
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「人斬り (映画)」の記事における「田中新兵衛の登場」の解説
6月5日には、田中新兵衛扮する三島由紀夫が飲み屋「おたきの店」に初めて登場し、「変節漢」として斬るつもりでいる坂本龍馬扮する石原裕次郎と鉢合わせして自己紹介の台詞を言った後、岡田以蔵の勝新太郎と対座するシーンの撮影が行われた。以蔵と新兵衛という2人の「人斬り」が対話するこのシーンは三島にとって初日の撮影であった。 店の出入り口で以蔵と出くわした新兵衛が、「お出かけ?」と声を掛ける台詞には、「お前らはこれから人を斬りに行くのかい? 俺はもう斬ってきたぞ」というような人斬りとしてのライバル心が言下に秘められた台詞であった。しかし、素人役者の三島は硬直し、その台詞を五社監督の意図したように上手く言えずNGが何度も出た。 立廻りの撮影が一番たのしみで、本当はここから入りたかつたのに、スケジュールの都合で、「おたきの店」のセリフ場面からなので、内心これは困つたことだと思つた。撮影に馴れないで、いきなり登場場面のセリフから入るといふことは、役者として大きな負担である。 — 三島由紀夫「『人斬り』出演の記」 五社監督は、三島が侍の衣裳をつけているから力が入って硬くなるのだと考え、一度普段着になってもらってほぐれた状態でテストをすると案の定上手くいった。そこで改めて衣裳に着替えてもらってから、同じように撮影すると、三島の台詞が上手くいきOKとなった。 三島が茶碗で冷酒をぐいと飲むシーンでは、事前の稽古で勝新太郎が三島に、「同じペースで飲むのでなく、ぐっと飲んだり、ちびりと飲んだり、調子を変えると、セリフも出いいですよ」と、飲み方を手にとって教え、三島も「うん、うん」とうなずいていた。 しかし「よーい、スタート」という本番の合図がいざかかると、三島は緊張して徳利を持つ手がプルっと震えてしまったためにNGが出てしまった。すると勝は五社監督に、「もういっぺん撮るのは勝手だけど、いまのやつ、オーケーにしとけ、たった今、人斬ってきたばかりの奴が、そんな平然としてられるか」と言った。 勝は、三島の緊張しながらの演技に、プロの役者ではどうしても出せないリアリティーがあったと感じ、「自分が人斬り新兵衛だと思ったら、もう人斬り新兵衛なんだ。監督がとやかくいったら、冗談じゃない、オレは人斬り新兵衛だといってやれ」と三島を励ました。また勝は、「三島さんは想像力がたくましいからグーッと力が入っていくが、本番では“水割り”演技でいいんですよ」と助言もした 勝の助言もあって、三島は台詞の多い初登場シーンを石原裕次郎と互角に演じきり、殺気のある存在感を見せた。OKが出た後も三島はもう一度撮り直しを希望し上手くいった。それでも三島自身は何度も首をかしげ納得がいかない様子であったが、無事に初日の撮影を終え、「勝新太郎が、こんなに親切な男とは思いもしなかったよ」と取材陣のインタビューに答えた。
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