父・田尻惟貞
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/04/06 02:52 UTC 版)
父の田尻惟貞は永禄年間に立花道雪に仕えた田尻鑑春(河内守)から6代目の子孫という。惟信は惟貞の次男にあたる。通称は惣助。 元禄年間に柳河藩の普請役に就任し、柳河藩の領内絵地図の作成に従事。元禄8年(1695年)に、上妻郡北山村の曲り松から山下までの矢部川沿岸1300間の千間土居の築堤工事が行われるが、この主任となる。 元禄10年(1697年)には藩命により藩主家別邸の御花畠(現在の立花氏庭園「御花」)を創設。
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