滝川修二
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/01/06 00:24 UTC 版)
暴力団・田沼組系小桜組門下城東会会長。大柄なたくましい体格で、若いころは極めて非情なことで知られた。独身で、家族は皆無だが、若い頃に大阪である女に産ませた、顔も名も知らない息子がいるらしい。無学ながらも音楽に対して意外なほど鋭い感性を持っており、小桜組の代貸時代に矢代と知り合った際には、彼の最初の理解者ともいうべき存在となった。小桜組と大政会の抗争の際に、右腕を失ったものの、その後、江東区界隈を仕切る城東会の会長となった。矢代が35歳の時に、さまざまなトラブルに巻き込まれた際には、その庇護者的な存在として、矢代を再三にわたって救出した。彼の死後、矢代は彼に捧げる曲「ブルース・for T」を作曲した。
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