清朝統治下
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/09/18 05:38 UTC 版)
清朝末期になって登場した林維譲及び林維源は林家の中でも高く評さされる人物である。1871年、台湾に漂着した琉球漁民が原住民により殺害されたことに端を発する台湾出兵に際し、清朝より派遣された欽差大臣の沈葆楨に対し、事件後後山及び山区の撫墾を目的に財政援助を行い、1884年の清仏戦争では欽差大臣劉銘伝に対し林維源は銀20万両を寄付し、劉銘伝に協力し台湾防衛に尽力しまた墾務大臣に任命されるなど活躍している。 これらの活躍により李鴻章、盛宣懐等との知遇を得、1886年には太僕寺正卿に任じられている。1894年の西太后の還暦祝賀式典では30,000両の費用を拠出している。また盛宣懐と共に蘇州の「留園」を見学した後に台湾で同じ庭園を造営しようと、全ての建材や草木を唐山より運び、現在台湾を代表する庭園を完成させるなど文化的な事跡もある。
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